【ビットコインはベアラー型の貨幣】
ビットコインの説明をはじめるにあたって、先ず読者の皆さんに理解して欲しい簡単な概念があります。それはベアラー(bearer=それを帯びる者)という概念です。

朝、会社に行こうと家を出ると、道端に「キラッ」と光るものがある。見たら百円玉だった。(あれ、だれか落としたのかな?)と思って回りをキョロキョロ見回してみる。誰も居ない。その百円玉をあなたが拾ったら……それは、あなたの持ちモノですよね? 

いま、それを所有している本人が、そのお金の正当な保有者である……これがベアラーの概念です。

ビットコインはベアラー型の貨幣です。つまりあなたのスマホの中に収納したビットコインは、基本、あなただけが知っていることなのです。

ベアラーの概念の対極にある考え方が、レジスター(登録)という概念です。例えば、電子株券は、全てレジスターです。別の言い方で、ブック・エントリー(book entry=帳簿記載)という表現を使うこともあるけれど、これは同じ意味です。つまり金融機関や決済機関などに、その金融資産の持ち主が誰であるかを記録する、中央帳簿だと思って下さい。

最近は皆さんが株を買ったり売ったりした場合でも、実際に印刷された株券を、あっちへ持って行ったり、こっちへ届けたりしないと思うのです。全て、帳簿上での電子的な付け替えで済ましてしまう……これがレジスター、ないしはブック・エントリーの概念です。

そんなコト、どっちだって、いいじゃん?

皆さんは、そう思われるかも知れません。でも、これはヤクの売人とかの「その筋の方々」にとっては、チョー重要な問題なのです。

僕の好きな小説に、『深夜プラス1(Midnight Plus One)』というアクション小説があります。或る大物実業家が、自分の会社を乗っ取られないようにするため、リヒテンシュタインで開催される株主総会に行かねばならない……。ところが彼は婦女暴行罪の濡れ衣を着せられて、警察から追われている。だから空港などの公共交通機関を通ってリヒテンシュタインまで旅行することはできない。そこで腕利きのドライバー、つまり運び屋と、元シークレットサービスの用心棒という二人組のチームを起用し、シトロエンDSで、約束の時間までに間に合うよう、ヨーロッパ大陸を疾走する。ところがその一行を待ちうけている殺し屋たちの急襲を受けて……

そういう筋書きの小説です。そこでストーリーの中心になるのは、無記名持ち株証書(ベアラー株券)の存在です。昔は、こういう古風な株券が多かった……株主総会を開催するとき、そのベアラー株券を携えているものだけが、その企業の正当なオーナーというわけです。

世の中の99.99%の人は、カスパールという名前(小説なので架空です)の企業の、無記名持ち株証書を巡って、このような死闘が繰り広げられている事は全然知らないわけです。でも一部の事情を知っている人たちにとっては、このベアラー型貨幣には意味がある……。

【ナカモト・サトシの蒔いたタネ】
さて、謎の人物、ナカモト・サトシがビットコインというものをひっそりと始めました。これは「電子鍵に守られた、01001110111100110111……という数列」くらいに思って下さい。このビット(bit)は数量限定であり、現在の流通量は約1200万ビットコインです。

これは単なる「電子鍵に守られた、01001110111100110111……という数列」なので、それ自体には何の価値もありません。「この数列、額面100円ですからヨロシク」とか、そういう主張は、一切無いのです。


一部のマニアが「ヘー、これ、面白れえな、そんじゃ、俺は1ビットコインを8ドルで試しに買ってみるか?」という風に、勝手な値段を払い始めたわけです。つまりビットコインの価値は、この本来無価値な「電子鍵に守られた、01001110111100110111……という数列」に、なんらかのお金を払ってもよいという世間の人々が存在するからこそ価値を持つわけで、みんなが「そんなのお金じゃない!」と一笑に付せば、ただのハードディスクのチンカスになるわけです。

ここまでの説明で、読者の皆さんに気付いて欲しいことは、日銀とか、米国財務省とか、そういう一切の政府や発券機関は、ビットコインを公認しているわけでもないし、信用の後ろ盾になっているわけではないということです。

各国の政府は、関係ありません。

金融機関も、関係ありません。

証券取引所や商品先物取引所なども、関係ありません。

そういう一切のエスタブリッシュメントの埒外に存在しているのです。よく「ビットコインには、中心となるものが、無い」と言った場合、その意味は政府や金融機関や、レジスター(登記簿)に相当するものが、そもそも存在しないことを指しているわけです。

この、本来、ハードディスクのチンカス以外の何物でもない無意味な数列は「Beauty is in the eyes of the beholder」、つまりそれを視る者(=それはあなたであり、わたしに他ならないわけですが)が「価値ある」と思えば価値があるのだし、「やっぱりチンカスだ」と思えば、チンカスなのです。

でも人間、「これはキチョーだぞ!」と思えば、そういうモノには幾らでもおカネを払いますよね?

それは「あのエリック・クラプトンが使ったギター」でも良いし「あのマリリン・モンローの、洗濯してない下着」でも、何でも良いわけです。それらは、その物体の本源的な価値より、数倍も、数百倍もの価値を持ちますよね?

【ビットコインの価値を押し上げるもの】
「エリック・クラプトンが使ったギター」や、「マリリン・モンローの、洗濯してない下着」が価値をもつのは当然ですが、それでは一体、ハードディスクのチンカスに過ぎないビットコインが価値を持つのはどうしてでしょうか?

これは簡単には説明がつかない問題だと思います。

ベルリンの酒場で、ビットコインでビールが買えるところが続々と登場しているそうですが、そこでビットコインが人気化している理由を僕が想像するに、ホルスタインみたいな巨乳パツキンねえちゃんが居たとします。そこでヘタレもやし男は「ボ、ボクが奢りますから……」とビールを買うわけです。その時にiPhoneでビットコイン・アプリをさりげなく出し、ビットコインで支払いを済ませるわけです。すると……これが会話のキッカケになる。

そこでヘタレもやし男が「分散型仮想通貨」の未来についてウンチクを傾ければ、巨乳パツキンねえちゃんは「チューリップが開いた状態」になるかも知れない……まあ、そんな程度のノリでブームになっているのでしょう。

つまり今、既にビットコインで支払いを受け付けると宣言している商店主の大部分は、客寄せのための話題提供とか、そういう域を出ていないと思うのです。アメリカには「オレの電子書籍を買うには、ビットコインしか受け付けない」と宣言する電子書籍作家も居ますけど、これもマーケティング・ギミックのニオイがぷんぷんするわけです。(ただ彼の場合、その後、ビットコインの価値が10倍以上になったので、スゲー儲けた筈)

でも時代は「たんなるモノ好き」同士のやりとりから、急速にアーリー・アダプターへの浸透段階に移りつつあります。実際、「ハネムーンで世界旅行する際、ビットコインだけで世界を回ってみた」というカップルも登場しています。

そのカップルは、自分たちの子供の時代になれば、「そんなの別に当り前じゃん」みたいな世界になるだろうとウォールストリート・ジャーナルに語っています。

ビットコインと金塊は、ベアラー型の貨幣である点は共通しているけど、極めて異なる点もあります。それは金塊は保管場所に困るし、小さく切れないという点です。

僕の昔の顧客にスイスのプライベート・バンクがありましたが、そこはベトナム向けにゴールドの小さなナゲット(粒)をディーリングしていました。それでベトナムの農民がドンの代わりにゴールド・ナゲットを取引に使うということを初めて知ったのだけど、これは結構、面倒くさいですよね?

その点、ビットコインはスマホの中に充填するだけなので、持ち運びには苦労しません。また最近のように指紋でユーザーをロックアウトする仕組みなどが整うと、盗難にあったスマホでビットコインを使われてしまうリスクなども小さくなります。

つまり駅の改札のスイカと同じノリで、日常のこまごました小口決済(マイクロペイメント)にビットコインが使われるというのは、それほど荒唐無稽なシナリオではないのです。

もちろん、最初はそんな大がかりな使用方法は普及しないと思うので、例えばアメリカに出張に行った商社マンが、夜、ホテルの自分の部屋にコールガールを呼んだ時の「サービス料金」の決済にビットコインを使うと、奥さんや会社に知られずに済むとか、そういう「おスペシャルなシチュエーション」だけでビットコインは使われるのだろうと思います。

でもゆくゆくはタクシー料金やマンハッタンに昼食時に沢山出ているジュラルミン製の屋台でシシカバブを買う時とかにビットコインが使われてもおかしくは無いわけです。

ビットコインそのものはマニアで、ITに明るい人しかこれまでは扱えませんでした。だいいちビットコインは企業ではないし、ぶっきらぼうで不親切な数列に過ぎないからです。ビットコインには「善意」も「悪意」もありません。世界征服や、陰謀論的な切り口からビットコインを説明するのは、貨幣へのリテラシーが無い人がやることです。ビットコインは「自己の意思というものを持たない、ただそこへ佇んでいるだけの数列」です。無愛想さや、幾多の誤解は、そこから生まれてしまっているわけです。

でも最近は、そんな無愛想なビットコインを、一般の人々でもカンタンに使えるような、諸々のサービスを始める企業が続々と出てきています。いわゆる「ビットコイン・ウォレット(財布)・サービス」というのが、それです。

これが出て来るまでは、僕など、「そもそも何処へ行けばビットコインが買えるの?」ということすら、知らなかったわけです。でもビットコイン・ウォレットのサービスを利用すれば、ペイパルやスカイプのアカウントを充填するのと同じようなカンタンさで、ビットコインを購入出来ます。

これはオープンソース・ソフトウエアのLinuxそのものは無料ソフトなのでビジネスになりえなかったけど、Linux周辺のもろもろのサービスが派生的に出てきて、それがレッドハットなどの企業として成長したのと同じような感覚だと言えます。

ビットコイン・ウォレットのサービスは、ちゃんと米国などに登記された会社がやっていて、口座開設に際しては、マネーロンダリング防止の見地から、ユーザーの個人情報などはガッチリ要求、記録されます。別の言い方をすれば、ビットコインは各国政府の規制の埒外だけど、周辺サービスはちゃんと監視された、しっかりした会社が、やっぱり一番伸びているというわけです。

ビットコイン・ウォレットは個人でもOKだし、商店主などのスモール・ビジネスでもOKです。

どこのウマの骨だかわかんないウェブサイトに自分のクレジットカードの情報を渡してモノを買うのは、ちょっと抵抗があるわけだけど、ビットコインなら、自分の個人情報が漏れる恐れはありません。

つまりビットコインの普及する最大の理由は利便性でなくてはいけないのです。(もちろん、今は未だそこまで行ってませんが)

今、アメリカの最先端のウェブ・ベンチャーやVCの連中は、マイクロペイメントなどの決済のコトばかり追っかけています。ジャック・ドーシーのスクエアは、たぶん来年IPOするだろうし、その他にもキウィ(ティッカーシンボル:QIWI)などの新しい企業が上場されています。中でもビットコイン周辺は決済革命の本命として、いま怒涛のような数のベンチャーが立ち上がっています。それは殆ど「決済2.0」と呼べるほど、アツい動きなのです。