BBCなどによると安倍首相はダボスで現在の日中関係を第一次大戦前の英国とドイツの関係と比較し:

お互いに密接な貿易の関係があった(had a strong trading relationship)にもかかわらず、1914年から始まったいざこざではその貿易関係が戦略的緊張をほぐす役目を果たせなかった


という見解を述べたそうです。

畏れながら、この認識は、ちょっと間違っているんじゃないかな? と思うわけです。

19世紀の経済成長のエンジンとなったのが、貿易であることは否定しません。英国は1840年以降、関税を撤廃したし、その後、フランス、ドイツもこれに追随しました。この結果、貿易がGDPに占める割合は1870年から1913年にかけて欧州では10から16%へと急拡大しました。

下は56カ国の貿易が生産(output)に占める割合を示したグラフです。

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確かに第一次大戦前夜は、貿易が盛んだったことがわかります。

ただ当時の貿易が完全に自由な行き来を約束していたかといえば、それはそうではなかったと思います。なぜなら当時は帝国主義的な考え方から、植民地の拡大により、半ば閉じた経済圏の拡大を目指すことが一般的だったからです。

一例として英国の場合、最大の貿易相手はインドであり、大幅な輸入超過でした。次に大きな貿易相手は米国で、こちらは逆に大幅な輸出超過でした。欧州大陸は三番目です。

大幅な輸出超過や輸入超過は貿易黒字、貿易赤字を生じます。だから貿易のグローバライゼーションの期間は、そのリサイクルのために世界の資本市場が急速にグローバライズした時期でもあるのです。

実際、国際間の資本フローは急速に活発化しました。

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英国、フランス、ドイツの対外資本フローを見ると、英国が最大の資本の出し手として君臨していたことがわかります。それをドイツが追っかけたわけです。

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カネの貸借関係が出来ると、ちょうどVCがシリコンバレーのスタートアップ経営者に「ああでもない、こうでもない」とイチャモンつけるように、何かと口出しがうるさくなります。

また、貿易する同士、投資をする側と受ける側は、お互いに(いまケツまくると、まずいかな?)という遠慮というか、抑止力が働きます。この抑止力を、どれだけアテにしてよいのか? ということを、ダボスで安倍首相が問題にしていたのだと思うけど、これは通貨危機研究の権威、バリー・アイケングリーン(UCバークレー)に言わせると「商取引上の、しがらみnexus of contracts」です。

ただ、イギリスとドイツでは帝国主義を展開する舞台(シアター)がかなり違っており、それは投資先別の投資残高の数字にも如実に現れているわけです。

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つまり当時はイギリスもドイツもお互いに別のコトをやっていたという風にも理解できるわけです。

ひるがえって現在の日中の貿易関係や投資関係を見た場合、第一次大戦前夜のアナロジーを持って来るのが適切かどうか……それは皆さんがチョッと考えれば、すぐにわかることだという気がします。


(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief、Market Hack

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