セーラ・ブッチャーは、自ら「マダム・ブッチャー(屠殺夫人)」と名乗るヘッドハンターであり、ブロガーです。

彼女の仕事柄、いま投資銀行関係者の間で、どのような求人が多いかは、手に取るようにわかります。

彼女によると、ウォール街で今、いちばんホットな職種は、ECMとM&Aなのだそうです。

ECMとはエクイティー・キャピタル・マーケッツの略で、株式引受部とでも訳せば良いでしょう。M&Aは企業買収合併です。

「ECMやM&Aがホットだ」という彼女の記事を読んで、僕が感じることは(これは景気拡大の初期局面で起こる人材ニーズではなく、後半で起こる現象だ)ということです。

そもそもECMはこれまで余り脚光を浴びてこなかった、いわば日陰者的なキャリアです。いや、ハッキリ言ってECMを自分の専門領域にすると、ぐんぐん出世するキャリアパスの形成は難しい気がします(まあそういう自分もこれを専門とした時期がありましたが……)

それはどうしてかといえば、ECMという職種自体が、良い相場環境に依存するため、極めてシクリカルだからです。

新規株式公開(IPO)は、普通市場環境が良好なときしか出来ません。そういうIPOしてもOKな環境のことを「IPOウインドウが、開いている」という風に言います。そしてマーケットに波風が立って、とてもじゃないけど新発物を売り捌けない環境のことを「IPOウインドウが、閉じている」と形容するわけです。

実はかれこれ三年近く、IPOウインドウはずっと開いたままです。これは極めて稀です。言い換えれば、波風の経たない、モノトーンな相場環境が、もうずっと続いているということです。


これはもちろんFRBの量的緩和政策による、じゃぶじゃぶの流動性の供給が功を奏しているからです。相場のクッションが、じゅうぶんに提供されているので、マーケット全体がキャデラックみたいなフニャフニャした乗り心地になっているわけです。

それ自体は、別にわるいことじゃない気がします。

ただ、そういう良い環境ばかりがずっと続くという想定の上で職種を選ぶわけには行かないのです。

ほんの数年前まで鉄板だと思われてきたクウォンツ系トレーダーたちは、今、マイケル・ルイスの書いた本、『フラッシュボーイズ』などの影響もあり、突然、ファッショナブルな職種ではなくなっています。

クウォンツですら常に安泰というわけではないのだから、ましてやECMのような気まぐれな職種がウォール街で最もホットなポジションとしてチヤホヤされているということ自体に、僕は相場の煮詰まりを感じざるを得ません。

M&Aに目を転じると、こちらはECMに比べて「エバー・グリーン」すなわち何時でも花形です。だから投資銀行業で立身出世を考えているヤング・プロフェッショナルの皆さんには、ECMではなく、M&Aに特化することを僕なら勧めます。

ただ……

そのM&Aですら、景気のサイクルというものにある程度左右されざるを得ない面があります。

いま、景気が暗転し、経営者が将来の業績や自社の株価の先行きに不安を抱いている局面では、M&Aなんて活発化するはずありません。

経営者が経済や自社に自信を持っているからこそ、買収に積極的になるのです。

するとですよ……

ECMにしろ、M&Aにしろ、これらの職種がホットになって人材の奪い合いが起こっているということは、少なくとも人材市場から垣間見る限り、米国経済は病み上がりのフラフラ状態では無いということなのです。

いや、むしろ現在のような状況は景気のミッドサイクルから後半戦で典型的に見られる現象です。

実際、いまアメリカは夏休みの真っ最中なのに、IPOのカレンダーは枯れていません。いまロードショウに出ている案件だけで23件もあります。これはドットコム・バブルの最盛期を除いて、過去に無かったことです。

僕は1988年にアメリカに来たわけだけど、8月のカレンダーがこんなにパンパンに詰まっているのは、ドットコム・バブルが弾けた2000年と今年だけです。

先日、あるカンファレンスで元ジョージ・ソロスのチーフ・ファンドマネージャーだったスタンレー・ドラッケンミラーがスピーチしていましたが、「今のIPO企業の8割が赤字会社で、これはドットコム・バブル以来の粗製濫造だ」と指摘していました。また投資適格でないB級企業の社債発行も極めて多く、その背景にはM&Aブームがあります。

そういう経済の現状に照らして、ドラッケンミラーは「イエレンFRBは、金融引き締めするのが遅すぎる」と痛烈に批判していました。

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彼の場合、「ソロス学校」の模範生ですから「ゲームのルールが変わる瞬間をめがけて、トレードする」というグローバル・マクロの基本を実践しているに違いありません。

現在のゲームのルールは「FRBのじゃぶじゃぶ緩和は、当分の間続くというものだ」と彼は語っています。

そこにドラッケンミラーは、サブプライム・バブルが膨らんでいた2006年当時と同じような、舌なめずりするような美味しいトレード機会を見出しているというわけです。

(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief、Market Hack


【追記】
長期でのフェデラルファンズ・レートのチャートを掲げておきます。
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赤で囲ったところを見るとわかりますが、5年にも渡って、異例の緩和が続いているわけです。
しかし新規失業保険申請件数(下)を見ると、もうリセッションではないことは明白です。
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過去8年でいちばん新規失業保険申請件数が少ないにも関わらず、異例の緩和を続けているのはFRBの不注意。ドラッケンミラーは「これがのちのち禍根を残す」と警鐘を発しています。

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