バロンズ』はアメリカの投資関係者が必ずサブスクライブしている週刊紙です。週刊誌ではなく週刊紙と書いたのは、新聞用紙に印刷されているウイークリー・ニュースペーパーだからです。

その『バロンズ』でプロが真っ先に読むのは「UP AND DOWN WALL STREET(アップ・アンド・ダウン・ウォールストリート)」と題されたコラムで、普通はランドル・フォーサイスが担当しています。このコラムを担当することは、とても栄誉あることです。今週はフォーサイスが夏休みを取っているので、ジョナサン・レインが代打で記事を書いています。

今週のコラムではストラトフォアの代表、ジョージ・フリードマンがインタビューされています。

ストラトフォアの考え方は、このMarket Hackでも紹介することが多いですが、アメリカのヘッジファンド・コミュニティに大きな影響力を持っています。

ストラトフォアはGFMS(=ゴールド動向の調査)、ISI(=マクロ経済の調査)、BCA(=マクロ経済の調査)などのリサーチ・ブティックのひとつです。ストラトフォアの専門は地政学・軍事・テロリズムなどの分析です。

彼らの経営の柱になっているのは、ヘッジファンドに対するサブスクリプション・サービスで、とりわけグローバル・マクロ・ストラテジーを採用しているヘッジファンドは、必ずストラトフォアの顧客であると言っても差し支えないです。(僕もサブクスライブしています)その他、各国政府機関、多国籍企業なども顧客です。

ストラトフォアのアプローチは、自社の調査員が足で稼いだ情報……というやり方ではありません。また各国の政界や軍部のトップに特別なアクセスを持っている……というのとも違います。ただ単に、入ってくる情報を綜合的見地から分析する……それだけです。今風の言葉に直せば、メタアナリシス的だということです。最近はツイッターなどを通じて世界で起きているナマの情報はどんどん入ってきます。ストラトフォアは膨大なそれらの情報をまとめ、巨視的に判断し、いま起きていることをバランスよく、イデオロギーの眼鏡で曇ってしまうことを一切排し、臨床データを読むような注意深さでノイズを取り除き、意味づけ(コンテクスチュアライズ)してゆくわけです。

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さて、「プーチンの誤算」と題された、今週の「UP AND DOWN WALLSTREET」コラムでストラトフォアのフリードマンが語っていることは、次のようなことです。

中東に関しては、今後10年、あるいはそれ以上の長い期間に渡って、セクト間の、ないしは部族間の血なまぐさい内戦(訳者注:日本の戦国時代のようなものか?)が続くと予想されています。

そのような内戦は、究極的には第一次大戦でオスマン帝国が崩れた後、力の真空状態が生まれたとき、列強がサイクス・ピコ条約に基づいて中東の線引きを勝手に決めた……その人工的な国境線が、ぐちゃぐちゃに崩れるところまで行くだろうとしています。

それは言い換えればイラクの「レバノン化」です。(訳者注:レバノンは昔、レバント貿易で栄え、ベイルートは宗教的、経済的、文化的、風俗的に寛容な土地で、「中東のパリ」と呼ばれた時代もありました。しかしスンニ派、シーア派、キリスト教マロン派、キリスト教東方正教会派など多宗教の寄せ集め国家が瓦解し、長期内戦になりました)

このイラクの「レバノン化」の過程では、イラクのシーア派がスンニ派と対立するという単純な構図のみならず、エスニック・グループ同士の反目、部族間の対立、有力ファミリー間の抗争など、複雑な動機が背景になるとしています。この戦国時代の長期化で、シリアとイラクはどちらもズタズタになり、国境線の形骸化が起こるだろうと予想しています。

一例としてシリアのバシャール・アル・アサド大統領は大統領という肩書を維持することは出来るかも知れないけれど、実体としては自分の身辺の小さな範囲内だけで部族長の域を出ない影響力しか持ちえず、シリアの他の地域では、勝手な連中が勝手に振る舞うことを傍観するしかないわけです。


アメリカは政治的にも、軍事的にも中東に今後も関与せざるを得ないとフリードマンは考えています。なぜならイラクの内戦がヨルダン、サウジアラビア、クウェートなどに飛び火する可能性が無いとは言えないからです。一例としてサウジアラビアの原油の大半はクウェートの国境に近いアラビア湾沿岸地方に集中しており、ここはサウジアラビアでは少数派になっているシーア派の住民が多い地域です。この場所はイラクからそう遠く離れていません。さらにサウジアラビアはスンニ派が支配する国家ですが、いまイラクに攻め込んでいるISIL(訳者注:最近「イスラム国」という名称に変名しました)がサウジアラビア内にもシンパを広げる可能性があります。



ベストのシナリオとしては、ちょうどレバノンがそうだったように、抗争に次ぐ抗争に明け暮れ、その結果、みんなクタクタに疲れて、戦闘意欲が萎えるという、疲労困憊シナリオです。レバノンの場合、そのような戦争疲れから「まあどうでもいいや」という政治的、宗教的寛容が再び生まれ、極めて弱体な政府が無数の利害、宗教、人種、有力ファミリーなどと絶え間なく合従連合を繰り返しながら、なんとなくやりくりするというパターンにおさまったわけです。

ウクライナ情勢に目を移すと、フリードマンは西側のメディアはプーチン大統領の権力を絶大なもののように報道しているけれど、それは違うとしています。プーチンはチェスの名手のように先々の展開を読んで、絶妙な立ち回りをしているという理解は完全に間違っているというのです。

フリードマンは「実のところ、プーチンは今回のウクライナの情勢をはじめから読み間違いの連続で、粗相が続いているので、この調子だとそう遠くない将来に失脚する」としています。

プーチンの支持率がうなぎのぼりに上昇したのはロシア国民が国益の観点からウクライナに強硬な態度で臨むべきだと考えていることの表れであり、プーチンの個人崇拝が高まっているのではないというのです。むしろクレムリン内部には今回のぶざまな対応に関し、ひそひそ話がこだましており、ロシア経済の先行きに関しても憂慮する声が根強いです。1962年のキューバ危機で一旦、強硬にミサイルをキューバに運び込もうとしながら、土壇場で船を呼び戻す羽目に陥ったフルシチョフが、取り巻きの連中からあっという間にポイされたエピソードをわすれてはならないとしています。

ウクライナは、かつて「リトル・ロシア」と呼ばれたことからもわかるとおり、文明的、文化的にロシア人の心のふるさとであり、また西側との大事なバッファー・ゾーンを形成しているので、ドネツク、ルハンスクを失えば、クリミアを除くすべてのウクライナがEU側に行ってしまうわけで、これではシャレにならないのです。さらに重要なのは、ロシア製の武器の少なからぬ部分が東ウクライナの工場で生産されているということです。

フリードマンによれば、そもそも去年、ウクライナのヤヌコビッチ首相が追い出された原因を作ったのは「EUとの経済協定なんかやめて、オレのところへ来い」と主張したプーチンが言いだしっぺなのであり、そのうえキエフで起こったデモ行進では、プーチンはウクライナ内に湧き起っている反ロシア感情を読み間違えたのだそうです。

さらにプーチンの大誤算は、少なくともウクライナの東半分(=そこにはロシア系の住民が住んでいるわけですが)はキエフ政府に対して敢然と立ちあがるだろうと甘い見通しを立てていた点です。

ウクライナ政府に対する反対派を構成する過激派=親ロシア分離主義者は、意外に東ウクライナのロシア系の地元民から草の根の支持を得ることができず、浮きまくったならず者たちという位置づけで、ロシアが必死で隠密の武器、財政支援をしているにもかかわらず、とうとうルハンスクとドネツクという二つの町に追い詰められてしまったのです。

クリミアはロシアの軍港があり、ロシアの軍人が沢山駐屯し、生活していた(訳者注:日本で言えば横須賀みたいな感じ?)ので、確保できたのは当たり前。でもドネツクとルハンスクは、そういうわけにはゆかないというわけです。

フリードマンは「プーチンは、もう選択肢のほとんどを使い果たした」としています。若しロシア軍をウクライナに侵攻させるのであれば、「あと6週間以内に大規模な作戦を展開しないと、ぬかるみの季節が来てトラックや大部隊は動けなくなる。人道的支援トラック隊の組成も緩慢で、モスクワがシャキッとしていないことが露見している」としています。

キエフの政府は、しばらくすると自然に内輪もめして瓦解するのが常なので、プーチンとしては時間を稼いでキエフ政府に隙が出来るのを待ち、静かに搦め手で影響力を取り戻す方法がベストだろうとしています。ただ2004年のオレンジ革命と現在の違いは、今回はEUとIMFがキエフ政権をバックアップする体制が確立しているので、それらがしっかりキエフ政府を見守っている間は、ロシアにつけ入る隙を与えないかもしれません。


(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief、Market Hack

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