シリアとイラクで急速に勢力を伸ばしている過激派、「イスラム国」は土着の(indigenous)政治運動ではありません。

つまり「イスラム国」のメンバーを結び付けているものは、人種でも、地縁でも無いのです。

彼らはカリフ(最高指導者)によって治められる国家の設立を目指しています。ここで彼らの考えるカリフとはスンニ派のリーダーを指します。なおシーア派は、シーア派なりにカリフとは何たるか? に関する考えがあり、スンニ派の考え方とは一線を画しています。

いずれにせよ「イスラム国」はスンニ派のリーダーによる国家建設を目指していることから、ひとつの宗派の世界観に根差した共同体と言えます。

「イスラム国」の前身は、ヨルダンのストリート・ギャングだったアブ・ムサブ・アル・ザカウイが2004年に発足した、アルカイダのイラク支部です。

2011年にシリアで内戦が起こると、アルカイダ・イラク支部のメンバーは活躍の場を求めてシリアに入ります。

アメリカは、「アサド政権は圧政を敷いているので好ましくない」という考えから、シリア内の反政府勢力を応援します。アサドの側でも、割拠する四つの反政府武装グループ同士を反目、衝突させることで自分への攻撃の集中を避け、こっそり延命する作戦に出ます。

このような駆け引きの中で、ISISは毒を持って毒を制する戦術の急先鋒として、アサド政権からも欧米からも自由に動き回ることを黙認されました。この過程で、ISISはどんどん力をつけてきたわけです。そしてその暴れん坊ぶりと残忍さがアルカイダにすら手に負えなくなったことから、最近になってアルカイダとISISは袂を分かったわけです。

もともとアルカイダはサウジアラビアの大手建設会社を経営していた有力ファミリーであるビンラーデン家のウサマ・ビンラーデンが始めた運動であり、世界の情勢に通じ、常にジェット機でパリやニューヨークを往復するようなライフスタイルの人間が始めた組織なので、当初からジョン・ル・カレやケン・フォレットのスパイ小説に描かれるようなソフィスティケートされたスパイ活動の訓練を身上としてきました。

これと対照的に「イスラム国」は中東全体に散らばっているパレスチナ人などの、声なき人たち(disenfranchised)が、日頃の抑圧を跳ね返すためストリート・ギャング化したという背景から生まれた集団です。つまり公民権の剥奪や差別などの疎外が動機付けになっているのです。

従って統治が破たんし、市民がよりかかる権威や庇護の無くなってしまった場所を好んで巣食うという性質を持っています。もっとわかりやすい言い方をすれば「政治が悪いから、ならず者たちの庇護をうけざるを得ない」という状況です。

「イスラム国」は奪った石油施設から上がる収入、募金、人質に対する身代金の要求などを活動の財源にしていますが、その中でも最も大きい割合を占めるのが、ゆすり(extortion)です。つまりなす術のない無力な市民に「おれがおまえを守ってやる。だからお金を出せ」というわけです。

無抵抗な市民は脅されたらお金を出す以外無いわけですが、それは「イスラム国」の「国民」という定義からは程遠いと思います。つまり「イスラム国」が支配しているというシリアからイラクにまたがる広大な地域は、国家としての体裁を持っているのではなく、ギャングの縄張りに他ならないのです。そして巻き上げたお金や石油の密売から上がった資金を、再分配し、公共サービスや安全を提供しているように見せているわけです。

ただ、声なき人たちにとっては、これはある種のロビンフッド的な浪漫を感じさせる運動かも知れません。そしてそのような英雄神話は、同じように社会から疎外された英国、フランス、米国などに居る若者にも妖しい魅力を持つわけです。驚くほど多くの西欧の若者が、「イスラム国」に参加するのはそのためです。

これはナチス運動の中から出てきた突撃隊(SA)などに相通じる、民心の病理と言えるでしょう。