ウォールストリート・ジャーナルのFEDウォッチャー、ジョン・ヒルゼンラースがイエレン議長の過去の活動記録を徹底的に洗い出し、その結果、「彼女は思ったよりコンセンサスを重視し、それを形成するために努力を惜しまない人に違いない」という記事を書きました。

たったこれだけのことで、月曜日のマーケットは荒れ模様です。

イエレン議長が超ハト派であることは、市場参加者の誰もが知るところです。

しかし本人のそういう見解よりも、FRB全体としてのコンセンサスを彼女が重視するのならば、メンバーの中にはタカ派も居るので、それらの利上げ派にも配慮した妥協点を求めなければいけなくなります。

とりあえず今週の連邦公開市場委員会では、「債券買入れプログラムが終了した後でも、相当の間(considerable)、利上げを開始しない」としてきた「相当の間」という単語をステートメントからオミットするかどうかが注目されています。

目下のところアメリカ経済にはインフレの兆候はありません。

その意味では慌てて利上げする必要は無いわけだけど、長期で見ればコンサーバティズムの観点から、なるべく政策金利をノーマルな状態に戻しておいた方が良いという主張にも、一定の説得力があります。

きょうはそれを説明します。

過去30年のCPIの平均は2.8%でした。リーマンショックの後に消費者物価指数はマイナスとなり、いわゆるデフレの状況が起きました。でもそれ以降はずっとプラスです。

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現在の消費者物価指数は2.0%です。ということは過去平均より0.8%低くなっているわけです。その意味では物価は安定していると言えます。しかし政策金利はもっとずっと低いのです。

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そこで消費者物価指数と、米国の政策金利であるフェデラルファンズ・レートを比較してみました。青が消費者物価指数、橙色がフェデラルファンズ・レートです。

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2009年以降、消費者物価の方が政策金利より高い状態が恒常化しています。普通、このような政策金利水準の設定は得策ではありません。なぜならこのような状態が定着すると、インフレ圧力が蓄積されるからです。それを分かった上で敢えてFRBがリスクを取っているのは、リーマンショックが1929年の大暴落以来の異常事態であり、アメリカ経済が恐慌に陥るリスクが高かったためです。

さきほどのグラフのフェデラルファンズ・レートから消費者物価指数を引き算した結果、つまり「差」が下のグラフです。

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グラフが0以下の場合、政策金利は物価に対して緩和的ということです。2009年以降、ずっと緩和的になったままであることが、このグラフからよく読み取れます。



さて、FRBのスタンスがわかったところで、それでは実体経済が1929年の大恐慌の再来のような、危機的な状況なのだろうか? ということを次に見ることにします。

第2四半期GDP改定値は+4.2%でした。これは過去10年の四半期GDPの、ほぼ上限に近い水準です。リーマンショック以前の状態に、ほぼ戻ったと言えます。なお第1四半期がマイナスになっているのは厳冬の影響です。

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次に新規失業保険申請件数を見ます。

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このグラフは上にいけばいくほど失業者が増えるので悪く、下がれば下がるほど景気が強いという風に読みます。今は過去に稀に見る、新規失業者が少ない状況になっています。最近では2006年、1999年から2000年にかけて、1989年が現在とほぼ同じ水準です。これらはいずれもアメリカが好景気の時でした。

直近の耐久財受注額は3000.1億ドルでした。これは普段より550億ドル近く多かったです。これはボーイングの影響です。

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短期のトレーダーの人が、コンセンサス予想からのかい離を見る場合、航空機の受注分は除外して考える場合もあります。これは航空機は金額が大きいので、それがどのタイミングで計上されるかによって統計が振り回されやすいためです。しかし中期で米国経済が元気かどうかを見るときは、かならず航空機を含めて考えてください。なぜならここに示されているのはドリームライナーなどの新品の旅客機であり、これは付加価値の塊であり、米国の製造業の強さを物語る証拠だからです。

失業率に目を転じます。今6.1%なので、ほぼ過去66年の平均値に近いです。

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少なくとも単純な失業率で見れば米国経済はノーマルな状況へ戻ったということです。ただ、これには反論もあります。

それは長く不況が続いた関係で、ずっと職探しをしても就職できなかった人たちが、求職を諦めてしまうという現象です。下のグラフは労働力率ですが、どんどん下がっています。

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ただ、このグラフを良く見ると、労働力率が下がり始めたのはドットコムバブルが弾けた2000年頃です。つまりリーマンショックがあった2008年よりずっと前からこの現象は起きていたわけです。それはベビーブーマー、つまり日本で言う団塊の世代がリタイア年齢にさしかかっているという人口動態的な理由が関係していると説明する人も居ます。

結論的には、目下物価は安定しているので慌てて利上げする必要はほとんどありません。ただ米国経済が1930年代のような大不況にあえいでいるかといえば、それほど景気はひどくないのです。ゼロ金利というのはアブノーマルな状況なので、それを長く継続するとよくないと考えるFRBのメンバーもいます。彼らに配慮すれば「相当の間(considerable)」という単語を、ステートメントから削る程度のことは、イエレン議長としては妥協せざるを得ないのでは? というわけです。