『バックステージ』は知る人ぞ知る、俳優さんのための専門誌です。そこには色々なキャスティング・コール(=日本で言うオーディション)の情報が出ています。つまり役者さんにとって欠かせない情報源なのです。

朝ドラ「マッサン」の主演女優の募集も『バックステージ』で公告されました。その『バックステージ』がシャーロット・ケイト・フォックスをカバー・ストーリーにしています。

『バックステージ』は、いわゆる芸能誌ではなく、職業としての俳優を読者としています。その関係で、この長尺インタビューも役者としての技(craft)に関する部分に大きな紙面が割かれています。僕が訳さないとたぶん日本のファンの目に触れることも無いでしょうから、この秀逸なインタビューのごく一部を抄訳します:

「マッサン」に登場するエリーは、リタ・カウワンをモデルにしています。この朝ドラはリタの生涯をほぼなぞっていますが、登場人物のキャラという点に関しては、エリーは全く違う設定であり、その意味で演技に際してリタ・カウワンの人柄に忠実である制約からは解放されています。

エリーというキャラは、ワンダフルな女性です。ちょっとドリス・ディみたいなところがあって、常に他人の良いところを見出す、苦境でもポジティブに考える、そういうキャラ設定になっています。

エリーという役を演じることで、初体験(newness)というコトを私自身が演技を通じて体験してゆける点がとても好きです。いろんな意味でエリーは童心であり、イチから全てを学ぶわけです。それは言語もそうだし、生活習慣、食べ物、そして外国人と結婚し、外国に住むということがどういうことか、といった点もです。

エリーは芯の強い女性だと思います。夫を深く愛しているだけでなく、夫を信じているわけです。エリーはどんな辛い時でも夫を支えます。また自分が正しいと思うことについてはきちんと主張するし、自分の気持ちを表に出すことを恐れません。それは日本社会ではちょっと問題アリの行動なのですけど。

エリーはダイナミックで滑稽で、辛い環境下では、まるでダイヤモンドのように芯が強く、疵(キズ)がつかないのです。エリーは、はつらつとしていて、常にブクブク泡立つような好奇心で溢れています。その好奇心は究極的に相手や日本の人間関係を理解することにつながるわけです。エリーはその面でとても辛抱強い性格で、わたしはエリーの爪の垢を煎じて飲むべきですね。

『バックステージ』でキャスティング・コール(募集広告)を見たとき、(これはすごいチャンスだわ)と思ったけど、そういう場合、往々にして役者はそれに応募しないケースがあると思うのです。なぜならちょっと話がウマすぎるし、どのみち自分にそんな大役が回ってくることなどありえないと、応募する前からあきらめてしまうからです。


わたしが「マッサン」のキャスティング・コールを見たときも(わぉ! 歴史モノのドラマで、日本で撮影? ひとりの女性の半生を、ずっと描くわけ? これってすごい)と思ったけど、一日、放置しておいたのです。すぐその募集広告のことは忘れて(ちゃんとした仕事探さなきゃ!)と思いました。なにせ家賃を払わないといけないし……。

後になってソファの上でもう一度『バックステージ』をパラパラめくっていたら、もう一度、その募集広告に目が止まったのです。そのとき(ダメもとで、応募してみようかしら?)と思ったのです。(いつも夢みているだけじゃダメ。行動を起こしなさい!)と自分に言い聞かせたのです。それで応募して、その後数日間はバイトに忙しくて応募したことはすっかり忘れていました。役者という仕事は不安定なので、皆、バイトをしていますし、そうまでして好きな舞台の仕事をする……この根気強さがわたしは好きなんですね。夢は夢として、それを追いかけることが出来るように、ちゃんとバイトもする。そういうことが役者を強くすると思うのです。その意味ではわたしたちは普段から二つの違った世界の両方に棲んでいるわけです。

わたしの応募に対して返事が来たときは、驚くと同時にとても光栄だと思いました。キャスティング・ディレクターは日本とアメリカでとても尊敬されている奈良橋陽子さんでしたから。

でもそのときは事態の重大さを悟っていなかったんですね。(まあ自分でもやれるだろう)くらいの軽い考えしか無くて。三カ国で募集をかけているということは応募者も多いだろうし、自分が選ばれることはまずない……そう考えて、普段の役者の稽古に戻り、芸を磨き、作品の意味を求める普段の仕事に戻ったのです。最近はオーディションもデジタル技術を使って役者自身が収録し、提出できるので、そうしました。わたしのオーディション動画は奈良橋さんから日本へ転送されたわけです。

あれはクリスマスの数日前だったと思いますけど、ニューメキシコ州の両親の実家に居たんですね。朝起きてコーヒーを入れて、メールをチェックしていたら、わたしの人生を変えるメールが入っていたんです。最初に応募したときからかなり時間が経っていましたし……。

ところがメールには「二週間後にスクリーン・テストのために日本に来れるか?」と書いてあるわけです。

わたしはそのメールを10回くらい読み直しました。自分が寝ぼけているのじゃないし、早とちりしているのじゃないことを確認してから、母の寝室に駆け込んだのです。そしてまるで五歳児のように「ママ! わたし日本に行くことになった!」と叫んだのです。母は咄嗟に状況が呑み込めず、私は4~5回、その経緯を母に説明しなければいけませんでした。

わたしへの配役が正式決定した後、良かったのは、いろいろくよくよ考える時間的余裕が与えられなかったことです。身の回りのことを整理して、日本で記者会見するまで10日しかありませんでした。でも家でも日本でもみんな素晴らしいサポートをしてくれました。

わたしの大学院での演技の教授はキャスリン・ゲートリーというひとですが、とても貴重なレッスンを受けました。あるとき、わたしは爪先立ちでアラベスクを踊っていたのですが、脚がガクガクして震えを止めることが出来なかったのです。そのときキャスリンはどうして震えを止めることが出来ないのかわたしに訊きました。わたしはひざを痛めているとか、疲れているとか、ステージから落ちるんじゃないかと不安だとか、いろいろ言い訳ばかりしました。そのとき彼女は「どうすれば震えを止められるか、工夫してごらんなさい」と言いました。そのときわたしは「はっ」として、自分がやらなければいけないことがわかったんですね。それでバランスをシフトして、神経を集中するポイントを決めて、ガクガク震えずに爪先立ちすることが出来たのです。これは彼女がわたしに教えてくれたことのほんのひとつで、その他にもいろいろ勉強になったのですが、このとき以来、「どうすれば直せるか、工夫しなさい」と自分に言い聞かせるようにしています。

ノーザン・イリノイ大学のスタントン・デービスは私の発声の先生ですが、IPA(アクセントを真似る技術)のレッスンがエリーのスコットランド訛りを再現するのに役立ちました。

「マッサン」の収録に際しては、他の俳優が言っている言葉のひとつひとつを理解できないわけですが、話している相手の素振り全体や、声の調子、目の動きなどから、じぶんが何を言われているのかを全身で感じ取るようにしています。場違いな反応をしないように、意味の取り違えの無いことを心掛けています。自分の反応が、くっきりと表情に出るよう、いつも心掛けています。

わたしはマイズナー法の訓練を受けた役者ですが、相手の目を見ながら演技するというマイズナー法は、とても西洋流のやり方であり、日本では、とりわけ感情的なシーンでは、お互いに目を逸らすことが普通なんですね。すると自分が過去にやってきた訓練を、敢えて犠牲にし合うことで役作りをしなければいけないわけです。

わたしの周りの人たちは、わたしがより良い聞き手になるために、いろいろ助けてくれています。わたしは言葉がわからないわけですから、普段より心を開き、感度を高める必要があるわけです。まあそれは全ての役者がめざすところでもあるわけですが、その意味でわたしは皆さんに感謝しています。


以上が抄訳です。シャーロット・ケイト・フォックスの場合、学士は地元のサンタフェ大学、修士がノーザン・イリノイ大学のMFAプログラムで学んでいます。

記事中、マイズナー法(Meisner technique)というのが出てくるのですが、これは演技をリアルにするための技法のひとつです。