昨日タイ株がザラバで9%以上も下落する場面がありました。その後、引けにかけて持ち直したので大事には至りませんでしたが、一瞬、「オヨヨ!」とさせられたのは事実です。またルーブルも7%近く下がっており、何だかイヤな展開となっています。

僕はかねてから「アメリカが政策金利を引き上げようとする局面では、新興国から投資資金引き揚げがおきる」と主張してきました。

あすからはいよいよ連邦公開市場委員会(FOMC)。今回の会合では、これまで声明文にあった「とうぶんの間(considerable time)」利上げしないという表現が、いよいよ削除されるのではないか? という観測が流れています。通常、FRBがこのような変更を加えると、半年以内に実際に利上げが始まります。

世界経済がモタモタしているのにアメリカが利上げに踏み切ると見られている理由は、米国経済の独り勝ちに因ります。これと同じ現象は、ドットコム・ブームに沸く1998年頃にもありました。

ドットコム・ブームのときはシリコンバレーで阿波踊り踊っている一方で、タイやインドネシアの市場はグチャグチャになりました。そして最後は通貨危機がロシアにまで飛び火して、ルーブル危機が引き起こされたのです。

ただ各国の経済の基礎的要件を見ると、前回よりは今回の方が足腰がシッカリしています。そこでそのへんのところを復習してみましょう。

1980年代からアセアン諸国の経済は好調に成長してきました。このトレンドは90年代に入っても維持され、下のグラフに見るように1990年から1995年にかけての各国のGDP成長率は極めて高い数字でした。

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このような成長は、1)高い貯蓄率や2)高水準の固定資産投資に支えられて実現しました。これは今日の中国の姿を彷彿とさせます。

また各国とも輸出が好調で、これがさらに外国からの投資を惹き付けるという好循環をもたらしていました。

「アジアの奇跡」という造語が持て囃され、アセアン諸国の株式市場には外人投資家の根強い買い安心感が定着しました。

その一方で90年代前半に欧米先進国が景気後退に見舞われた事、中国本土からの競争が激化した事などが原因でシンガポールを除く各国の経常収支のトレンドはじりじりと悪化しました。特にタイとマレーシアの経常赤字が大きかったことが目をひきます。

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製造業の各社が儲からなくなったことから株式市場は弱気相場の到来を嗅ぎつけ、いち早く株価は大きく調整し始めました。

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当時のアセアン諸国は外貨準備高に比べて短期での負債が大きく、投資家がこれらの国の借金の借り換えに応じるのを渋り始めると、とたんにやりくりが困難になる体質でした。

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特にタイは当時バーツを通貨バスケットにペグ(連動)させていたのですが、その通貨バスケットに占める米ドル(当時はドットコム・ブームなどを背景にドルは比較的堅調でした)の比重が高かったことから、どんどんバーツが割高になり輸出競争力を削ぐ結果となったのです。

輸出セクターの不調を嫌気してタイ株式市場が大きく売られると、ブームに沸いていたタイの不動産セクターも調子がおかしくなり、不動産バブルが弾けたのです。

国際通貨基金は「このままだと通貨危機が来る」としてタイに警告を発しました。タイ政府は1997年7月2日にバーツを切り下げる発表をしましたが財務大臣が辞任した10月までにはバーツは半値になり、マレーシア、インドネシアなどの近隣国の通貨も急落しました。

さて、こんにちのタイランドやインドネシアを見ると前回の苦い経験からこれらの国々は高水準の外貨準備高を維持しています。大体、輸入の6か月分くらいあります。これは危険な水準とは程遠いです。

次にロシアのルーブル危機の背景を振り返ってみましょう。

1997年から1998年にかけて石油価格は40%以上下落し、15ドル近辺までさがってしまいました。

ロシアは石油や天然ガスを輸出することで外貨を獲得しています。欧州向け天然ガス価格は、ブレント石油の値段を基準に算出されます。

原油安でロシアの政府債(GKO)の価格は暴落しました。

国際通貨基金(IMF)はロシアに対して支援を発表します。1998年7月20日に国際融資団の緊急融資パッケージ226億ドルが決められ、そのうちIMF拠出分の112億ドルがロシアに払い込まれました。

しかしこの初回送金分のうち48億ドルはロシア中銀がルーブルを買い支えるために投入され、一瞬のうちに消えてなくなりました。なぜなら資本逃避を試みるロシアの金持ち達が「政府がルーブル相場を支えている間に逃げ出せ!」とばかりどんどんルーブルをドルに換金し、スイスの銀行などに送金してしまったからです。結局、ロシア政府は利払い停止とルーブルの切り下げを発表せざるを得ませんでした。1999年1月までにはルーブル相場は98年夏の水準から75%も下落しました。

ロシアの計画経済から市場経済への移行の第一ラウンドは経済の混乱、過半数のロシア国民の困窮化など、悪いことばかりだったと言えます。1989年の段階では貧困層はロシア国民の2%に過ぎませんでしたが、1998年にはこれが約24%にまで急増しました。

ロシアの「虎の子」である資源産業はごく少数のオリガルヒ(豪商)の手に渡ってしまいましたし、彼らは急いでその富を国外逃避させてしまいました。

当時、ロシアの外貨準備はまだ資本主義へ移行して日が浅かったために僅かしかありませんでした。しかしこんにちのロシアは2003年以降のBRICsブームと、それに付随して起きたエネルギー・ブームの恩恵でかなり積み上がっています。現在でも輸入の9か月分くらいは楽勝でカバーできていると思います。

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つまり外貨準備のバッファーという点では、先にのべたタイやインドネシアも、そしてロシアやブラジルですら、今回は全然問題ないのです。

むしろ外貨準備で心配な国は、エジプト、ベトナム、ミャンマーなどです。

それではブラジル、ロシアなどは全然問題ないのか? といえば、不安はあります。それは政府ではなく、企業の借入です。たとえばペトロブラス1社だけで1000億ドル近い借入がありますし、ロシアのロスネフチも450億ドル近い借入があります。

僕が政府債ではなく、企業の借入を心配しているのはこのためです。


(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief、Market Hack

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