日本のビジネスの世界には伝統的にメインバンクという考え方があります。近年、旧財閥の垣根を超えた金融機関の合併が相次いだので、「○○系」という色彩は以前より随分薄まったと思うけれど、企業の資本政策をリードする存在が、証券会社ではなく都市銀行であることには今も変わりは無いと思います。

もっとざっくばらんな言い方をすれば、日本では銀行マンの方が証券マンより尊敬されているし、畏怖されているということです。

アメリカでは、この立場が逆になります。いわゆるコマーシャルバンク(=日本の都銀に相当)は別に晴れやかな就職先ではありません。投資銀行の方が、遥かに格が上になります。

アメリカでも確かに融資関係(lending relationships)は重要には違いないけれど、日本で昔あったような「ここは住友銀行の縄張りだ」とか「ここは勧銀の縄張りだ」というような、強い所有意識はありません。

むしろアメリカで問題にされるのは、株式や社債を発行する際の幹事関係です。ビジネスマンは、ある企業が株式や社債発行でどの投資銀行を使っているかで、その企業の由来や格を値踏みするわけです。

下は世界初のパーソナル・コンピュータのIPOだったアップル・コンピュータの新規株式公開目論見書(1980年)です。

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次は現在取引されているバイオファーマシューティカル企業では時価総額ベースで最大の、ギリアド・サイエンシズの新規株式公開目論見書(1992年)です。

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次は初のインターネット株IPOだったネットスケープの新規株式公開目論見書(1995年)です。

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スタートアップ企業の毛並みの良さは、どのベンチャー・キャピタルからの資金を受けるかで先ず決定され、そして株式公開の際の幹事選定でほぼ評価が固まってしまうわけです。これはアメリカの企業が、どのような経路で事業資金を調達するか? という習慣の影響を強く受けます。


下のグラフに見られるように、日本では銀行融資(緑色)の比重が高いのに対し、アメリカは株式や社債など、直接金融への依存度が高いです。

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この差は、もろに金融機関の事業会社に対する発言力、ないしは影響力に響いてきます。

1990年代にスタートアップ企業が産声を上げてから、それが大企業に育つまでのライフサイクルの短縮化が起こりました。それはコマーシャルバンクからすれば悠長に融資関係を築いてゆく時間的余裕が全く無くなってしまったことを意味しました。

伝統的な大口融資の世界で、アメリカで最も有名な法人融資マンは、元チェース銀行(現在のJPモルガン)のジミー・リーだと思います。彼はドットコム・ブームの際、伝統的なコマーシャルバンクが融資のビジネスからシャットアウトされる場面に度々出くわしました。

「オレ様の裏庭に、気が付いたら落下傘部隊がどんどん降下してきた!」

そういう有名な言葉を吐いて、「それなら逆に、その落下傘部隊をまるごと買収してやる!」と決断し、ハンブレクト&クィスト(H&Q)を傘下に入れたわけです。

その後、チェースがJPモルガンを買収したため、ハンブレクト&クィストの幹事関係はJPモルガンに継承されています。とりわけヘルスケアの分野では、旧H&Qの幹事関係はJPモルガンにとって大変貴重なリレーションシップとなっています。JPモルガンがヘルスケア分野でダントツで世界一の投資銀行となっているのはこのためです。

さて、1月12日からサンフランシスコでJPモルガンのヘルスケア・カンファレンスが開催されます。これはヘルスケア関連の投資カンファレンスでは最も重要なイベントであり、このイベントに際して参加企業各社から色々なアナウンスメントが出ると思います。

このカンファレンスに登壇する企業は、JPモルガンと既に幹事関係がある、ないしは今後取引関係を築きたい企業に限られ、そこへ呼んでもらえるということは企業にとってひとつのステータスになります。