世間一般の人に「アメリカで最も尊敬される銀行家は?」と聞くと「JPモルガンにきまっているだろ」という返事が返って来ます。でもウォール街の投資銀行マンに聞くと「それはアレキサンダー・ハミルトンだね」という認識で一致しています。

アレキサンダー・ハミルトンは「米国建国の父(The Founding Fathers)」のうちのひとりです。また初代の財務長官を務めた人でもあります。さらにアメリカ合衆国憲法の「補足部分」として、実質的に「準憲法」と見做されている「ザ・フェデラリスト・ペーパーズ(The Federalist Papers)」の主執筆者でもあります。

さらに米国の首都を、それまでのニューヨークからワシントンDCに移すという、トーマス・ジェファーソンとの密約を結んだ張本人でもあります。

トーマス・ジェファーソンは商業や銀行取引を薄汚いものだと見做し、政治はビジネスから切り離されるべきだと考えたのです。そして自分の出身地に近い、牧歌的な新天地、ワシントンDCの「けがれの無い」環境に新都を移す夢をもっていました。

アレキサンダー・ハミルトンは、アメリカ経済が未だ90%農業から成り立っていた当時、既に金融立国というビジョンを持っており、「政治は、金融センターとしてのニューヨークの発展にとって、邪魔だ」と考えます。

これが有名なジェファーソンとハミルトンの取引です。

またハミルトンは米国財務省証券を考案した人でもあります。おまけに彼はバンク・オブ・ニューヨーク・メロン(ティッカーシンボル:BK)の創業者でもあります。

さて、そのハミルトンはカリブ海の小島、ニーヴィスに私生児として生まれます。母は売春婦、父は誰だかわからないけど、たぶんそこいらへんの船乗りという生い立ちです。

貿易会社の帳簿係の職を得ると、抜きん出た商才を示し、地元の後押しで、キングス・カレッジ(現在のコロンビア大学)へ奨学生として進みます。ところが彼はイギリスの圧政を目にし、アジ演説をして、学生義勇軍を組織し、独立運動を煽ってゆくわけです。


ニューヨークは植民地の支配者であるイギリスにとって戦略的に重要な場所です。そのため、イギリス軍がニューヨークに攻め込んできて、戦争になるわけです。これが独立戦争です。そのへんの経緯は、昔、書いたので、今日は割愛します。

ここまでの説明でもわかるとおり、アレキサンダー・ハミルトンの生涯は、とてもドラマチックです。だからミュージカルの素材になったところで、別に違和感はありません。

ミュージカル『ハミルトン』は、モルガン家やウォーバーグ家についての本を書いた歴史作家ロン・チャーナウの『アレキサンダー・ハミルトン伝』に基づいています。



それをミュージカルの作曲・脚本家であるリン=マニュエル・ミランダがミュージカルにしたわけです。リン=マニュエル・ミランダはマンハッタンの一番北の端、インウッドで生まれ育ちました。このへんはワシントンハイツと呼ばれる地区で、プエルトリコ系やユダヤ系の住民が多いです。ザ・クロイスターズと呼ばれる、中世ヨーロッパの大修道院を、わざわざヨーロッパから移設した、美術館があるところでもあります。

話が脱線して恐縮ですが、地下鉄「A」トレインの181丁目駅あたりで降りたところにあるベネットパーク(Bennett Park)やハドソンビュー・ガーデンズ(Hudson View Gardens)は、気取らないけれど、しっかりコミュニティに根差したオールド・ニューヨークの暮らしが展開していて、僕はこのへんを散歩したりするのが結構好きです。因みに、オペラ歌手のマリア・カラス、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、アラン・グリーンスパン元FRB議長などはこの界隈で生まれ育ちました。

話をミュージカル『ハミルトン』に戻すと、リン=マニュエル・ミランダは、このワシントンハイツ地区を舞台にしたミュージカル『イン・ザ・ハイツ』でトニー賞を受賞した人でもあります。彼自身、プエルトリコ系だと思うので、カリブ海ニーヴィス島出身の「成り上がり」であるアレキサンダー・ハミルトンにミランダが親近感を感じてもおかしくありません。

ニューヨークタイムズのレビューによれば、連邦政府の債務負担の是非に関し、トーマス・ジェファーソンとアレキサンダー・ハミルトンが閣議で激論する場面がラップで再現されているそうです。これは結構、面白いかも。