このところ上海株式市場が不気味な下げを演じています。

先日のネットセミナーでも、視聴者の皆さんからそれに関する質問が出ました。

僕は(例の話は、もう二度としない)と固く心に誓っていたのですが、その質問がキッカケで、ついついまた喋ってしまいました。その話とは「中央銀行ストリッパー理論」です。

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なお僕の名誉のために強調しておきますが、この理論は、僕が言いだした事ではありません。ウォール街では昔から語り継がれている、ひとつの知見なのです。

皆さんは、米国の連邦準備制度理事会(FRB)や日銀などの中央銀行は、強大な権力を握った存在だという印象を持っているかもしれません。僕も、かつてはそう思っていました。

しかし中央銀行の立場に回って、実際に政策金利を決めてゆく仕事は、薄氷を踏むような、ハラハラの連続なのです。言い換えれば、中央銀行家は巨大なマーケットを前に、無力感を感じることも多いということなのです。

なぜなら、FRBがコントロールしているのは世の中にいろいろ存在する金利のうち、フェデラルファンズ・レートという短期金利だけだからです。(市場から直接債券などを買い入れる、量的緩和政策はその例外です)

するとイールドカーブ(利回り曲線)の左端、つまり短期の金利の操作だけで、10年債や30年債などの、すべての償還期限の利回りに働きかけて行かなければいけないのです。

そのように、FRBのイメージ通りに市場を操ってゆける状態のことを「トラクションがある」と表現します。トラクション(traction)とは、摩擦と言う意味です。あるいは、ガッチリ歯車が噛み合っている様子をイメージして頂けると良いかもしれません。

これに対して「トラクションが失われた」状態では、市場が勝手な方向へと転がり出します。先日、中国人民銀行が株式市場テコ入れの為に急遽利下げを発表しましたが、その後も、株式市場はつるべ落としに下がり続けています。これなどは「トラクションが失われた」典型的なケースと言えます。

さて、FRBのケースで言えば、現在はフェデラルファンズ・レートがゼロなので、次にやれることと言えば、金利を上げることだけです。このようにFRBの仕事は、既に手の内が市場関係者に見えているというか、お定まりのコースなのです。

これはストリッパーの仕事に似ています。ストリッパーは、結局のところ裸になるだけだから、ステージの上で起こる事というのは、退屈なほどお定まりのコースです。

でも、その決まりきったルーチンを、なんの工夫も無く、惰性でやっていたら、観客はすぐソッポを向きます。そのうち「はやくステージを降りろ!」なんて意地悪な野次が飛んでくるし、ビール瓶とかも飛んでくるかもしれません。

映画『ジュノ』の脚本を書いた元ストリッパー出身の脚本家、ディアブロ・コーディーは、むかしNPRとのインタビューでストリッパーという仕事について次のように語っていました。

ストリッパーの仕事って、日によっては完全にお客さんを自分の思うままに支配することが出来る夜もある。そういう日は自分がパワフルで美しいと感じるわ。でも、逆にお客が乗って来ない、まるっきりシカトされる夜もあるの。そういう日は屈辱的だし、みじめ。自分は、まったく無力なんだって、そう感じるの。


このような「トラクションを失った」状態になるのを避けるため、ストリッパーは常に観客をハラハラさせ、飽きさせない工夫をすることが必要になります。サプライズの要素を、散りばめないといけないのです。さらにはNarrative、つまりルーチンに物語性を持たせることが必要なのです。

僕がはじめにこの話を聞いたのは、1988年で、当時、僕はニューヨークのSGウォーバーグに入社したばかりで、アメリカのRR(=日本の外務員試験に相当)に合格したばかりでした。

そこで最初にボスから仰せつかった仕事が「おまえはトニー・ソロモンのお食事会の世話人をやれ」というものでした。トニー・ソロモンは、元NY連銀議長です。そのポストをリタイアした後、SGウォーバーグの米国法人の副会長に就任しました。彼の仕事といえば、月一回、SGウォーバーグの上得意の顧客と昼食会をして、カクテルを飲みながらFRBの内輪話や、意思決定のプロセスなどについて無礼講みたいなノリで放談する……そういう集いだったわけです。

FRBをストリッパーに喩える話もその月次昼食会で出て、僕は(ファイナンスの神殿たるFRBで理事たちが話していることは、こんな「お下劣」なコトなのか!)と呆れると同時に、目からウロコが落ちるような気持ちがしました。

もともとお酒は強くないので、カクテルで顔は真っ赤、頭は朦朧(もうろう)としているときに、トニーから「ところで日銀はうらやましいねぇ、タカオ!」と、いきなりこっちへ振られたのドギマギしました。

「はっ?!“#$%&‘」

僕はその瞬間、頭が真っ白になって、凍りついたわけです。

するとトニーが続けました。

「日本は、うらやましい。なぜなら彼らには、いろいろ押せるボタンがあるから。政策金利一本ではなく、様々なポリシー・ツールがある。だから、きめ細かくマーケットを誘導してゆけるのだ」

そこで彼は日本が上に述べたような短期金利だけでなく、長期金利に関しても強力に指導、ないしは誘導してゆく力を持っていたことを滔々と説明しはじめました。

それは1937年に制定された臨時資金調整法により、誰がどれだけ資金を調達して、それを誰に回すか? という問題についての指導権を政府が握った経緯の話です。具体的には長期の資本を調達できるのは、ワリコー、ワリチョー、リッキーなどを出せる興銀や長銀だけであり、長期資本を傾斜配分することで、重要な産業へ重点的におカネを回す仕組みが存在したわけです。

これに限らず、あらゆる金利が、かつては政府によってコントロールされていました。そのへんの経緯は『1940年体制』(野口悠紀雄)という本に書かれています。





1980年代後半の日本は「円の国際化」を目指しており、だんだん資本市場の自由化を進めていました。だから自らそれらのポリシー・ツールを放棄し、マーケットに最適配分を委ねる方向に舵を切ったのです。

ところが日本株のバブルはちょうどその頃弾けて、急落するマーケットに対し、日銀は無力でした。

ひるがえって、現在、中国で起きていることを眺めると、「人民元の国際化」という掛け声をよく耳にします。そのたびに僕などは(これはいつか来た道だな)と深い感慨にとらわれるわけです。

こと上海の株式市場に関する限り、中国人民銀行は「観客から舐められたストリッパー」に成り下がったのであり、それは中国経済がout of controlになる寸前の、ガクブルの展開だと言えます。