日経新聞がフィナンシャル・タイムズを買収したという報道に接して「FTの編集権の独立性は大丈夫だろうか?」という声が聞こえてきます。

僕は、それに関しては全然心配してません。

なぜなら、フィナンシャル・タイムズの記者さんたちは、チョー気位の高い人たちですから(笑)

(日本人がごときに、指図されるのは、まっぴら御免!)

FTのスタッフは、みんなそう思っている筈です。

これは喩えて言えば、英国のジャガー・ランドローバーが、インドのタタ・モーターズに買収されたケースに似ています。

ジャガーのオサレで放蕩息子的なイメージが、タタのポンコツなイメージと混ざってしまうと、やっぱり良くないわけです。

日経は、折角、大金はたいてFTを買収するわけだから、「こんどのジャガーのモデルに、TATAのパワートレインを組み込もう!」式のアフォな発想で、FTのハイソなオーラを損ねてしまってはいけないと思うのです。

前にも書いたけど、フィナンシャル・タイムズは経営的に何かケチがついたから売りに出されたのではでありません。

このまま、今やっていることをしっかり継続するだけで、今後も世界の格差社会の一番てっぺんの、バブっているウワズミの人々の寵愛を受けて、順調に業績を伸ばしてゆけるはず。

なぜなら、トマ・ピケティの仮説が正しいのであれば、こんにちの世界経済では、資本のリターンが、生産や所得の成長率を超えているからです。

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それは格差が、どんどん拡大する社会であることを意味します。これはジェーン・オースチンの『高慢と偏見』に描かれた19世紀にも見られた現象ですが、今日も同じことが起きています。

このような社会では、努力してもダメです。日本人は勤勉でマジメですけど、フツーに会社員やっていては、まず一生、浮かばれない(笑)

玉の輿に乗る以外、一生、ワンランク上を目指せない……これがオースチン文学の根底を貫く世界観であり、こんにちの我々の暮らしに重く圧し掛かってきているプレッシャーなのです。

FTは、既に世界の「トップ1%」にしっかり食い込んでいます。すると経営戦略としては今後FTSE100指数やダウ工業株価平均指数が20%上昇するごとに、購読料を15%くらい値上げしてゆくだけで、オッケーというわけ。

つまり日経新聞が今回買ったのは、荘園の経営権だという風に理解できるのです。日経はFTを通じて世界のビューティフルなピープルにアクセスすることが出来るようになったのです。

誤解している人が多いのですが、フィナンシャル・タイムズは常にパワフルだったわけではありません。1960年代のサブスクライバー数は、たぶん10万部を少し超えた程度でしょう。

そのFTが、本当に成長しはじめたのはロンドンの金融街、シティの改革の前後からだと思います。

1970年代のシティは、東京などと比べても後進的で、活気に欠ける場所でした。シティが最も衰退していた1975年の証券取引所会員企業の総従業員数は僅か1万7千人です。そしてそこはコネや既得権益に守られた、山高帽をかぶった銀行家が、クラブ的に運営する場所だったのです。

サッチャー政権はサービス経済への移行を進めるため、そのような後進的なシティの改革に乗り出します。

1970年代に発足したウイルソン委員会がシティ改革のための調査を行い、それをもとに1986年に「ビッグバン」という規制緩和が実施されます。固定手数料はこれを機に廃止されました。

そこではジョバーとブローカーという、既得権に基づいた機能分離を廃止しました。そこでM&Aの嵐が起こります。

バークレイズ銀行はブローカーのデズート・ベバン、ジョバーのウエッドを買収します。ミッドランド銀行はマーチャント・バンクのサミュエル・モンタギュー、ブローカーのグリーンウェルを買収します。ナショナル・ウエストミンスター銀行はマーチャント・バンクのカウンティを買収します。クラインウォート・ベンソンはブローカーのグリーブソン・グラントを買収します。N.M.ロスチャイルドはジョバーのスミス・ブラザーズを買収します。S.G.ウォーバーグはブローカーのロウ&ピットマン、ジョバーのアクロイド&スミザースを買収します。

そのような大変革を経て、アメリカの投資銀行に伍する近代的な金融機関が英国に登場したのです。その後、ロンドンが「ウインブルドン現象」と呼ばれる、世界の金融機関に活躍のステージを与える場所として繁栄したのは、皆さんもご存じだと思います。

だからFTのサブスクライバー拡大の歴史は、シティの隆盛の歴史と言い換えても良いのです。

いま、貿易収支の概念に似たもので、金融サービス収支というのがあります。

これは金融サービスの輸出額と輸入額の差を指し、それが黒字であればその国の金融サービス産業は国際競争力がある、赤字であれば競争力が無いと言う風に解釈します。

それでいくと英国は2014年の金融サービス収支が950億ドルで、世界最大でした。次に大きいのはアメリカで360億ドルでした。日本は赤字です。

つまり何が言いたいか? といえば、フィナンシャル・タイムズは、世界の金融センターとしてのロンドンという「強い後背地」を後ろ盾に、すでに世界で商売している企業だということです。

もっと言えばフィナンシャル・タイムズが素晴らしいから購読しているという読者も、まあ居ないことは無いでしょうけど、大半の読者は金融センターであるロンドンで起きていることを知る必要がある……その最善の方法はFTを読むことだ、、、という理由から購読を決めているはずなのです。

そこではロシアの大富豪も、アメリカから赴任してきたヘッジファンドマネージャーも、欧州の発行企業も皆、共通の言語を話ます。その言語とは、つまり「マネー」です。

フィナンシャル・タイムズはフィナンシャル(金融の)・タイムズであって、ビジネス(実業の)・タイムズではありません。そこんとこをはき違えると、相手から失笑を買うでしょうね。