サウジアラビアのアリ・アル・ナイミ石油相が解任されました。

ナイミ石油相は1995年以来、20年に渡って石油相を務めてきました。後任はカーリッド・アル・ファレ現サウジ・アラムコ会長になります。

今回の国王勅令では石油省をエネルギー・工業・鉱物資源省という名称に変更することが発表されています。

歴代の石油相を整理すると、次のようになります。

1960年~1962年 アブドラ・タリキ
1962年~1986年 アハメド・ザキ・ヤマニ
1986年~1995年 ヒシャム・ナーゼル
1995年~2016年 アリ・アル・ナイミ
2016年~ カーリッド・アル・ファレ


カーリッド・アル・ファレ・エネルギー・工業・鉱物資源相は1960年生まれでサウジ・アラムコの本社のあるダンマンで育ちました。

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アラムコ入社は1979年で、1982年にテキサス州ヒューストンのテキサスA&M大学を卒業、1991年にキング・ファハド石油鉱物大学でMBAを取得しました。その後ラス・タヌーラ精油所長を経て2009年にサウジ・アラムコのCEOに就任しました。

なお、ナイミ石油相に関しては(そろそろお役御免になるのでは?)という観測が出ていたので、今日のニュースは突然の、変則的な出来事ではないと思います。

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サウジアラビアの石油省を実質的に立ち上げた人は利発でエネルギッシュな若手官僚、アブドラ・タリキです。

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上の写真の右がタリキ石油相、左の女性はジャーナリスト、ワンダ・ジャブロンスキーです。

しかしタリキは「ファイサル前国王(当時皇太子)がアラムコの利益を着服している」という告発に関与し、解任されます。

そのタリキの弟子がヤマニでした。ヤマニは石油輸出国機構(OPEC)を通じてカルテルを発表し、第一次石油ショックを演出した中心人物でもあります。

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彼のちょっとした言葉が原油市場を動かしたので、現在ならさしずめイエレンFRB議長に注がれるのと同じくらいの注目が、彼に集まりました。

そのヤマニ石油相は、1986年、突然解任されてしまいます。

ファハド国王が1980年代の原油価格低迷をヤマニ石油相のせいにしたという説もあるし、ロックスター並みにマスコミから注目を浴びたヤマニにたいするやっかみがあったのではとの観測も流れました。

このときはヤマニは解任されただけでなく、自宅軟禁され、突然、世界のマスコミの目から消えてしまいました。本人の居場所や、ちゃんと生きているのか? ということすらもわからなかったのです。

ヤマニは軟禁されている自宅からニューヨークに住むワンダ・ジャブロンスキーに電話をします。ワンダは自分の主宰するペトロリウム・インテリジェンス・ウイークリー(PIW)にヤマニ石油相解任の顛末を掲載します。

そのネガティブな報道にきまりがわるくなったサウジ政府は、ヤマニの自宅軟禁を解いたわけです。

今回の石油相の交代は、たぶんヤマニの時のようなドラマを伴わないと思います。