英国のEU離脱を巡る国民投票が、いよいよ6月23日に迫っています。

現時点では離脱派と残留派が拮抗しており、この投票の行方は全く混沌としていると言えるでしょう。

離脱派の最大の関心事は英国に流入してくる移民を制限したいという点です。

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しかしEU離脱には、さまざまな問題が付随して発生します。

英国財務省は、イギリスがEUから離脱した場合の経済シナリオを、下の一覧表のようにまとめています。

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英国のGDP(今年は+1.9%が予想されている)は-3.6%になるだろうとしています。

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消費者物価指数は2.3パーセンテージ・ポイント増加し、3.1%になると見込んでいます。

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現在、5.1%の失業率は1.6パーセンテージ・ポイント上昇し、6.7%になると予想しています。

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さらに住宅価格は-10%になるだろうと見込んでいます。

これは、かなり厳しい予想です。

さて、このようなアルマゲドン・シナリオを目の前にして、ロンドンの不動産取引は既に不活発になっています。

なかでもバタシー発電所(ピンクフロイドのアルバム、『アニマルズ』のジャケットを飾った、あの建物です)再開発計画ではコンドミニアムの価格が値崩れを起こし始めているそうです。

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このバタシー発電所再開発計画は、ロンドン最後の巨大再開発プロジェクトだと言われています。

これまでテムズ川南岸のバタシーならびにナインエルムズ地区は、荒地としてロンドン市民から顧みられずに放置されてきました。皆さんは、映画『小さな恋のメロディ』の舞台となる広大な空き地や廃墟を覚えていますか? つまりあの辺のことについて、今、語っているわけです。

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テムズ川を渡ったすぐ反対側は、お洒落なチェルシー地区が目と鼻の先だというのに、このバタシーならびにナインエルムズ地区が見棄てられてきた理由は、とにかく、交通が不便だったということに尽きます。

ロンドン市はノーザン線を10億ポンドかけて延長、バタシー駅とナインエルムズ駅を新設します。

この再開発計画にはサイアム・ダービー、マレーシア年金ファンドなどの投資家も関与しており、15年と150億ポンドの費用をかけて、ここを住宅、オフィスビル、レジャー施設として再開発するわけです。面積にして3025坪、1万6千戸の住宅を新設、2万5千人の雇用を創出するという、すごいスケールのプロジェクトです。

またナインエルムズ地区には65億ポンドを投じてアメリカ政府が米国大使館を建設中です。2017年から入居が開始される予定です。さらにオランダ大使館が米国大使館のすぐ隣に建設されることも決まっています。

さて、新しいプロジェクトはエキサイティングかつファッショナブルで、それは僕も嫌いじゃないのだけれど、おもに労働者階級が住んでいたラムベス・ロード界隈の風情が変わってしまうのは残念ですね。

ところで『小さな恋のメロディ』は本国では売れず、日本で大ヒットし、いわゆる「ビッグ・イン・ジャパン(=日本ではメジャーだ)」という表現の先鞭をつけた作品でした。


小さな恋のメロディ [DVD]
マーク・レスター
KADOKAWA / 角川書店
2015-12-22



なぜ日本だけで大ヒットしたのかについては、未だに製作者側や英国の映画界は首をかしげていますが、この作品を観ると、これがなぜ日本で受けたかは自明です。

まず制服姿、特に女子学生の白いストッキングは、日本人が特に好むスタイルですし、左右に分けた髪の長さの、ほぼ半ばあたりで房をこしらえる、メロディの独特のヘアスタイルは、その後、日本のアニメなどで盛んに模倣されたファッションです。

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このように萌えの要素が、この映画全編にてんこもりになっているわけです。

さて、日本のファンは余り知らないことですが、『小さな恋のメロディ』は大富豪の没落のきっかけを作り、偉大な脚本家を生み、そして彼が世界一の広告代理店の経営者になるチャンスを失うきっかけになるなど、兎角、話題の多い作品です。

そんなこともあって、後日、同作品は英国でも見直され、今ではカルト的なフォロワーを持つに至っています。

そもそもこの映画を企てたのは、1960年代に最も成功していたイギリスの広告代理店、CDPの若手社員だったチャールズ・サーチとデビッド・パトナムです。彼らはCDPでの成功に飽き足らず、自分たちの広告代理店を立ち上げますが、それと同時に映画の製作にも色気を出します。(英国ではCMの映像作家が映画監督へ転身するケースが多いです)

そこでチャールズ・サーチとデビッド・パトナムはCDPの同僚でコピーライターだったアラン・パーカーを昼飯に誘います。

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ケバブ&ハムスという中近東レストランで、「ひとつキミに映画の脚本を書いてもらいたい」と提案します。

彼らは米国の人気グループ、ビージーズが作曲した7つの唄をベースに映画を撮る権利を取得します。しかしそれらの唄を使用して、どんな作品を作るかに関しては、全くノー・アイデアだったのです。

アラン・パーカーは「メロディ・フェア」、「ファースト・オブ・メイ」、「イン・ザ・モーニング」などのテープを聴いて、ストーリーの構想を練ります。そして自分が中学生だった頃を思い出し、それを下敷きに脚本を書いてゆきます。

パーカーは労働者階級の出身であり、不良少年トム・オーンショー(ジャック・ワイルド)のキャラです。一方、デビッド・パトナムは良家の出身で、ダニエル・ラトマー(マーク・レスター)のキャラについて助言しました。そしてダニエルの初恋の相手がメロディ・パーキンス(トレーシー・ハイド)というわけです。

つまりこの作品は、アラン・パーカーとダニエル・ラトマーの自伝的な色彩を帯びているのです。

この作品を撮るにあたって、当時売れっ子だったワリス・フセイン監督を起用します。

ワリス・フセイン監督は、ストーリーの骨格だけしか無い、スカスカの脚本を読んで、まずビージーズの書き下ろした唄から入り、そのイメージにあったシーンを逆にあてがってゆく、今でいうミュージック・ビデオの手法を編み出します。

ある意味、『小さな恋のメロディ』は、元祖ミュージック・ビデオと言っても過言ではないでしょう。

そのような事情から、この映画に登場する子供たち(全部で400人!のエキストラです)を自由に行動させたのです。その子供たちの、ちょっとした仕草や、やりとりを、ドキュメンタリー風に捉えることで、流れるような映像が生まれたのです。

さて、この映画の製作費を獲得するためにデビッド・パトナムはニューヨークへ飛びます。しかし資金調達は困難を極め、最終的にはカナダの酒造会社、シーグラムのエドガー・ブロンフマンが資金を出すことに承知します。

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エドガー・ブロンフマンは米国の証券会社、シェアソン・リーマンの前身であるローブ・ローズの創業者、JLローブSr.とフランシス・リーマンの娘、アン・ローブと結婚しており、この婚姻を通じて、ニューヨークの社交界の頂点に上り詰めていました。

ブロンフマンはシーグラムのコングロマリット化を目指しており、MCAの株式を買い占めるなどしていたのですが成功せず、そこで自分の映画製作会社、サジタリアス・ピクチャーズを立ち上げます。そのサジタリアス・ピクチャーズが『メロディ』の資金を出したのです。

『メロディ』の日本での成功に気を良くしたブロンフマンは、堅い商売である酒造業に飽き足らなくなり、どんどんリスキーな映画事業へと舵を切って行きます。結局、ブロンフマンは最後には酒造会社も映画会社も手放す羽目に陥るのです。

一方、『メロディ』で成功したアラン・パーカーは、その後、『フェーム』、『ミッドナイト・エクスプレス』などの作品を手がけ、成功します。

デビッド・パトナムはプロデューサーとして『チャリオッツ・オブ・ファイア』、『ザ・ミッション』などを手掛けます。

つまりこの二人は『メロディ』の成功で、広告マンのキャリアを棒に振ってしまうのです。

そしてチャールズ・サーチは広告代理店のビジネスに戻り、サーチ&サーチを世界最大級の広告代理店に育てます。

つまり『小さな恋のメロディ』は、1970年代のイギリスのクリエイティブな才能が、期せずして大集合し、広告屋の感性で、しろうとだけが持ちうる自由なスタイルで、ワーキング・クラスのロンドンの日常をタイムカプセルに収めたというわけです。


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