いよいよ満を持してイラク連合軍によるモスル奪還作戦が開始されました。これはIS(イスラム国)をイラクから駆逐するための、勝負の一戦となるだけでなく、今後の北イラクの帰趨を決める重要な決戦になります。

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モスルはバクダッドに次ぐイラク第2の都市でした。しかし2014年6月にISが突然、モスルに押し寄せ制圧しました。その後、ISはモスルをイラク支配の中心に据えました。

モスルには重要な石油産業があります。また人口が多いので、ISにとり、新しい兵士をリクルートすることがやりやすかったです。またISがモスルの市民に過酷な税金を課すことで、ISの財源を確保する役目を果たしてきました。

この経済基盤をISから奪うことが今回のモスル奪還作戦の狙いのひとつです。

一方、イラク政府の立場からすると、現政権になってから、ティクリート、ファルージアなど、かつてISに支配されていた地域を次々に解放することに成功してきました。

これはイラク政府のクレディビリティーを高める意味で重要でした。次にモスルを奪還できれば、さらに現政権の名声は高まると思われます。

その一方でイラク政府は依然として部族間の軋轢の問題を抱えています。一例として2015年にクルド人ペシュメルガ兵が、北・北東地域をISから解放しました。ところがこの解放地域に対し、誰が行政権を行使するか? ということでイラク政府とクルド人との間で摩擦が生じています。

イラク議会は、二か月ほど前に、「モスルを含むニネベ地方の統治権に関しては、全て2013年以前の状態に戻す」という議決を行いました。これは上述の意見対立をスッキリ整理することを目的に行われた決議です。

すると、今回、イラク連合軍がモスル奪還に成功すれば、イラク政府はモスルを支配し、クルド人ペシュメルガ兵が勝ち取った北・北東地域はクルド人が誰からもその正統性に疑問を挟まれることなく行政権を行使することが出来るというわけです。

仲の悪いイラク政府軍とペシュメルガ兵が、しぶしぶ力を合わせてIS掃討のため共同作戦を張る理由がここにあります。

ついでに書けば、モスル奪回作成にはイラク正規軍、イラク特殊軍、スンニ戦士、シーア戦士、クルド人ペシュメルガ兵など雑多な寄せ集め兵が、まるでオリンピックの競技会のように参戦し、それぞれの武勇を競います。

トルコはモスルの北の地域に拠点を持っており、そこでイラク国内のトルコ系住民に軍事訓練を指導しています。このトルコの関与については、イラク議会は不満を表明しています。
なぜならオスマン帝国の時代、トルコはモスルを支配していた関係で、今回も「トルコが、あわよくばモスルを自分の掌中に収めることに色気を出しているのではないか?」という疑いをもっているからです。

上に書いたような、イラクの雑多で信条や利害の異なる戦士たちが、この際、そういうこだわりを捨ててモスル奪回作戦に一致協力して当っている背景には、「モスルが陥落した後、トンビに油揚げを奪われる如く、トルコにモスルを持って行かれることだけは許せない!」という「共通の敵」が存在するからです。

つまりモスル奪回作戦が成功するためには「我々は皆、イラク人だ」という国家意識の覚醒が必要であり、いま、まさしくそういうムードでイラクは盛り上がっているわけです。しかし、ひとたびモスルが奪還出来てしまうと、今度はイラクが直接、トルコと対峙することになり、これはこれで一触即発の危機を孕んだ状況になるわけです。

モスルには未だ75万人の市民が実質的な人質に取られています。だからその市民に対し「これから戦争が始まる」ということを事前に通知しておくことが必要になります。今回の作戦が奇襲作戦ではなく、大々的な宣伝を伴った、ある種のパフォーマンス色を帯びているのは、このような事情によります。むしろ兵力にしてせいぜい7千人程度にまで減っているモスルのISを、物量と宣伝で圧倒し、モスルの内側から、ISを快く思わないモスル市民のレジスタンス活動の協力を得て、ゆっくりとISをいぶり出す……そんな作戦になるわけです。

ただモスルは大きな都市ですし、モスル市民の中にはイラク政府よりISに同情する市民も居るため、ISが尻尾を巻いてすごすごとモスルから逃げ出すということにはならない可能性もあります。その場合はスターリングラードの戦いのように、ひとつひとつの建物を巡って至近距離で狙撃し合うような凄絶で、一進一退の展開になることも考えられます。