まずトランプ政権の目指していることを一行で言えば:

アンチ・エスタブリッシュメント+大きな政府


です。この世界観はリチャード・ニクソンが打ち立てたものです。

【嘲笑されたトランプは、ニクソンに親近感を覚える】
トランプには政治経験がありません。だからワシントンDCのエスタブリッシュメントから馬鹿にされました。

だからトランプは、歴代の大統領で、エスタブリッシュメントから嘲笑された、リチャード・ニクソンにとても親近感を覚えました。

今般の大統領選挙でもトランプの演説の根幹となる部分はニクソンの演説のパクリです。(例:サイレント・マジョリティ)

トランプは、明らかにニクソンをロールモデルとしています。だからトランプがやろうとしていることを理解しようとすれば、どうしてもニクソンの話から始めないといけません。

【ニクソンはなぜエスタブリッシュメントを憎んだか?】
ニクソンはロスアンゼルスの農家に生まれます。ハーバード大学に奨学生として合格します。授業料免除、寮費も免除という待遇です。しかし彼の家は赤貧で、ボストンまでの汽車賃が出せず、ハーバード進学を諦めます。そして地元のウィッティア大学へ進学します。

このときの無念の気持ちから、ニクソンはアンチ・アイビーリーグ、アンチ東部、アンチ・エスタブリッシュメントの気概を持つようになります。

【穏健派のはずのニクソンが怒った】
その後、「赤狩り」の時代に、ニクソンは下院非米運動委員会(HUAC)という調査委員会の委員長に指名されます。HUACとは「アメリカ的でない(=つまり共産主義)活動を調査する下院委員会」ということです。

ニクソンは弁護士だったので、言論・宗教・信条の自由を重視しました。また彼はクウェーカー教徒の家に生まれたので「性善説」を信じ、人間の良心を信じていました。

第二次大戦後、米ソが冷戦に突入する中、アメリカ国民は、幻滅から、ちょうど今とおなじようにヘイトに走りました。つまり社会全体に憎悪が満ちていたのです。

HUACは、そんなムードを背景に荒っぽい委員会となり、権力の横暴が目に余りはじめました。そこで(ニクソンにHUACの委員長をやらせれば、すこしは上品になるだろう)という思惑から、若い下院議員だったニクソンにHUAC委員長の役が回ってきたのです。

実際、ニクソンはHUACを穏健にしました。

ところがある日、国務長官秘書、アルジャー・ヒスが「ソ連のスパイではないか?」という極秘情報をニクソンは得ます。

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アルジャー・ヒスは東部エスタブリッシュメントの中でもとりわけ洗練されたワシントンDCのインサイダーでした。

そこでニクソンはヒスに面会を求めます。

このミーティングの際、ヒスはニクソンを馬鹿にして「わたしはハーバード・ロー・スクールの卒業だ。きみの大学は……ええっと、ウィッティアだったっけ?」とdisります。

(自分は勉強が出来なくてハーバードに進学出来なかったのではない。おカネがなかっただけだ!)

ニクソンの肚綿は、煮えくり返ります。

そこでニクソンは執念から徹底的にヒスを調査し、ついにヒスが国務省の極秘情報をモスクワにどんどんリークしたスパイだったことを突き止めるのです。

これは本当にアメリカの国家安全の根幹に関わる案件だったので、ニクソンは大いに男を上げます。

【ヘイトの尻馬に乗ったニクソンとマッカーシー】
内気で、エスタブリッシュメントから外れていたニクソンは、ふと気がつけば「赤狩り」というヘイトの尻馬に乗って、彗星のように運気を上げていったわけです。

ところでトランプの師匠はロイ・コーンという弁護士ですが、彼は「赤狩り」時代、リチャード・ニクソンと同じく活躍(?)した、マッカーシーのアドバイザーでした。

「ヘイトの尻馬に乗ると、世論はどんどん自分を持ち上げる」


このことをトランプに仕込んだのはロイ・コーンです。

つまりトランプの過激発言は、彼自身のキャラであると同時に周到にリハーサルされた演技でもあるのです。

【ニクソンとトランプの類似点と相違点】
ニクソンは大統領になると「Big Play」、つまりデカいことをイッパツかます!ということに熱中します。

実際、歴代の大統領たちが何度も終わらせようとして、実現できなかったベトナム戦争の幕引きを実現したのはニクソンですし、中国との国交回復、ソ連と最初の戦略核削減交渉(SALT)をしたのも彼です。南部の小中学校における黒人と白人の生徒のセグリゲーション(分け隔て)を廃止したのもニクソン、高齢者、体の不自由な人に社会福祉制度(メディケイド)を設けたのもニクソン、環境保全局(EPA)を設置し、環境問題に最初に取り組んだ大統領でもあります。

また大恐慌時代から第二次世界大戦にかけてはアメリカ政治は民主党によってずっと主導され、共和党は泡沫的存在であり、コアになる信念というものに欠けていたのですが、こんにちの共和党の基本的な価値観・世界観というものをきちんと確立したのは、ニクソンなのです。

ニクソンは田舎の大学を出ていて、家柄としても毛並みが良くなかったのですが、自分に自信があったので、閣僚人事では思いっきり飛びぬけて優秀な人材を起用しました。国家安全保障補佐官にはヘンリー・キッシンジャーを、内政ではダニエル・パトリック・モイニハンを抜擢するわけです。

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そしていわゆる官僚たちをすっとばして、この小さなサークルの中だけでブレイン・ストーミングし、独断でどんどん物事を押し進めて行きました。

中国との国交回復などはその好例で、国務省にはひとことの説明すらありませんでした。

トランプの場合、自分の不案内な軍事問題や外交問題ではかなりベテランを起用しています。CIA長官になるマイク・ポンペオ、国家安全保障補佐官になるマイケル・フリン、司法長官になるジェフ・セッションズなどがそうです。

しかし自分が得意な経済面では主にファミリーのメンバーを相談相手にすると思われます。

つまり自分より目立つ有能なヤツは、トランプの場合、大嫌いというわけです。

【大きな政府、小さな政府】
ところで日本のマスコミはトランプをロナルド・レーガンと比較したがるようですが、これは明らかに間違っています

まずレーガンは「小さな政府」を目指していたのに対し、トランプはニクソン流の「大きな政府」が好きです。「社会福祉制度を縮小する気は無い」と選挙戦の早々からトランプが言っていたのは、そのためです。

レーガンが「小さな政府」という考え方を打ち出した背景には、当時、アメリカではミルトン・フリードマンの『選択の自由』がベストセラーになっていたということがあります。

その本は、「政府が国民の暮らしにいろいろ介入しないほうが、世の中の活力はUPするし、暮らし向きは良くなる」と主張していました。

つまり世論としてもレーガン時代は「小さな政府」を国民が受け入れる素地があったということです。

ひるがえって今日の状況をみると、そういうムードは全くありません。

レーガンの取り巻き立ちは「政府は小さく、貿易はガンガン奨励し、軍備だけは拡張する」という価値観を打ち立てて行きます。これが「ネオコン」、つまりNeo-conservativeという潮流の始まりです。

これに対し、トランプは「政府は大きく、貿易には背を向け、軍備だけは拡張する」と言っているわけだから、「ネオコン」とは相容れない立場です。