正社員にパーソナル・ブランディングは必要ありません。

1990年代にインターネット企業が次々に新規株式公開(IPO)していたとき、僕はそれを手伝う仕事をしていました。つまりネット企業の引受けで飯を喰う会社だったわけです。

それにも関わらずネットを使って個人が発信することは社内のルールで禁止されていました。これは当然だと思います。金融機関ですから。

いま、そのへんのルールがどうなっているのか、正直言って僕には皆目わかりません。そういう制約の無い世界に棲んでいるので。

でも一般的に言えば、大企業は社員が好き勝手に発信することを、かならずしも奨励していないのではないでしょうか?

だから会社の採用担当者の目にとまることを目的で、その会社に関してSNSなどでコメントすると、逆効果になるのがオチだと僕は考えています。

僕の師匠である田端信太郎さんは「就活生よ!会社を褒めるな!むしろ正しくディスれ!けなせ!」と喝破しています。それを就職面接でやるのは正しい攻略法かも知れないけど、SNSでやると、とんだ失敗をやらかすと思います。

文化人類学者イラナ・ガーソンは「パーソナル・ブランディングは、どうしょうもなく閉塞的な労働市場で苦しんでいる求職者に、まやかしの夢を与えるキャッチフレーズにすぎない」と喝破しています。

パーソナル・ブランディングにより個人が企業と互角に戦えるようになるというのは、フィクションなのです。

もっとも、パーソナル・ブランディングという幻想が、まるで都市伝説のように発生し、それが大した批判も無く受け入れられている背景には、労働市場がだんだん人格否定的になっているという厳しい現実があるからだという風にも考えられます。

それはつまり人材の流動性が増し、従業員が「ポイ捨て」されるようになったということです。

米国では、ミレニアル世代は、大学を出た後、平均して10年間で4回、仕事を変えます。これは転職の自由があって良いという風にも受け取ることができるけど、逆に言えば極めて不安定だという風にも解釈できます。

「会社員は自分の時間を企業に切り売りしている」という感覚は、別に日本だけではなく、アメリカにも存在します。

しかし「時間を会社に拘束されることへの対価として給与をもらう」というマインドセット(心構え)で就職している人たちにとって、いまの職場は、だんだん生き辛くなっています

アメリカの場合、大企業に勤めている人でも、個々の問題解決の局面で、安定的に成果を出し続けることが出来る人材が重宝されます。

そのような人間は大企業に所属しなくても仕事が出来るので、だんだんフリーランスも多くなるというわけです。

しかしひとたびフリーランスになると「市場の力」が働きやすいので、フリーランスのフィーは常に下落圧力を受けます。つまりコモディティ化です。

コモディティ化を避けるためにはブランディングが必要になります。

パーソナル・ブランディングとは、そのような文脈から生まれてきた概念だと考えるべきでしょう。だから皆さんがフリーランスになるのであれば、パーソナル・ブランディングを真剣に考えることをお勧めします。

その反面、クライアントが存在するビジネスでは、ネットでの過激な発言は、仕事の範囲を狭めるだけです。

大企業の場合、ステークホールダーが多いので、そのぶん、ネットでの風評被害のダメージは大きくなります。

大企業が、そこで働く個人や、そこに出入りする業者や、大企業の顧客や、一般の消費者からのネット上でのフィードバック、ないしはコメントにピリピリするのは、そう考えてくると至極当然なのです。

そういう現実があるにもかかわらず、パーソナル・ブランディングをテコに大企業に潜り込もうとするのは、勘違いも甚だしいのではないでしょうか?

あなたの目的が就社なら、パーソナル・ブランディングなど即刻やめるべきです。