日本のネット業界は今、岐路に立っています。

そう考える理由は、先日VALUというサービスが開始されたのを目撃したからです。

正直言って、これにはガツンと鈍器で殴られたような気がしました。

こういうことは、そう度々ありません。

前回、このような衝撃を受けたのは1995年にネットスケープがIPOした時です。その時のことは本にも書いたので詳細は割愛します。当時は、(兎に角、一家をあげてサンフランシスコに転居するしかないな!)という焦りの気持ちで一杯だったことだけを記しておきます。

さて、本題のVALUですが、これは個人の人気を、まるで株式市場のように売買できるサービスです。実は、そういうサービスを、僕はかねてから夢見てきました。下は2016年3月2日の記事です:

はあちゅうサンが、仮にFacebookのような株の銘柄だったら……

その記事に書いたことが現実になったので「あっ!」と叫んでしまったのです。

さて、ここで大事なことを言いますが、VALUで著名人が発行するVAは、「株式」ではありません。株式(shares)はビジネスがその利益を持ち株比率に応じて「山分け」する取決めであり、さらに議決権を通じてその運営に「口出し」できることを約束するものです。

VALUは、著名人の人気を売り買いするだけなので、それは美人投票のようなものであり、明示的にリワードを約束すると、株になってしまうリスクがあります。

そういうと、これを読んだ読者は、なんだか曖昧だなと思うでしょう。それについては、ちょっと後で述べます。

VALUはビットコインを使っています。そのビットコインはブロックチェーン技術に依拠しています。

今、ブロックチェーン技術は経済学の概念では据え付け期間(installation period)の真最中にあります。つまりその技術があまねく普及するためには、まずそのインフラストラクチャを整備しなければいけないというわけです。

実はこのインフラストラクチャの整備期間はバブルが起きやすい時期でもあります。いや、もうすこし正確な言い方をすれば熱狂(frenzy)が無ければ、必要なインフラストラクチャの整備はできないのです。

新技術は、だいたい最初は胡散臭いものとみなされがちです。その効用が曖昧(opaque)な場合もあります。

このように技術評価や市場評価が難しい目新しいものに対し、投資家は楽観的すぎる予想をたてます。その楽観的すぎる予想は、熱狂につながりやすいです。

具体的事例を出します。

英国で18世紀末に起きた運河ブームでは、折からフランス革命で裕福層の財産が危険に晒されたので、イギリスまで逃避してきた余剰資金が運河の投機に向けられました。

最初は計画的に運河が掘られたのですが、だんだん重複するルート、そして運河の幅や深さが不統一な運河がやみくもに掘られました。つまりとんでもないムダがそこにあったのです。

そうした過剰投資は1798年のパニックを招来します。多くの人が富を失ったことはいうまでもありません。しかし運河は残ったのです。また運河が無ければ、紅茶カップのウエッジウッドの成功も無かったかもしれません。

同様に鉄道建設ブームのときも熱狂につつまれました。鉄道王たちが競って鉄道を敷いたので、過当競争で不採算に陥る鉄道が多かったです。そればかりか設計や敷設が杜撰でつかいものにならない鉄道、果ては鉄道証券だけ発行して実際に鉄道を建設しない業者すら現れました。

つまり運河ブームの教訓空しく、ここでも途方もないムダが繰り返されたのです。でも結果としてアメリカは、この鉄道網がもたらす経済効果をテコに欧州にキャッチアップします。このようにパラダイムシフトが起きている時は後れを取り返す好機なのです!

1908年は有名なフォード・モデルTが発売された年です。モデルTは、大量生産の手法を使った最初の大衆車でした。これが「自動車と石油の時代」の幕開けです。人々が、遠くまで移動できるようになったので、たとえばフロリダで不動産ブームが起きました。『グレート・ギャツビー』に描かれたような、これみよがしの消費や乱痴気騒ぎがありました。そしてそれは1929年の大暴落へとつながってゆくわけです。

なぜこのような歴史をグダグダ書くか? といえば、熱狂はインスタレーション・ピリオドの母であるということが言いたいからです。

われわれが経験した最近の熱狂は1990年代半ばからのドットコム・ブームでしょう。ドットコム・ブームはインスタレーション・ピリオドだったと理解できます。事実、当時最も利益を出していて、株式市場的にも重要だった企業はインターネットのインフラストラクチャを司る、シスコ・システムズやコーニングやJDSユニフェイズなどの銘柄であり、アプリの会社では無かったです。

その後、皆さんもご承知のようにバブルは弾け、多くのドットコム企業が倒産しました。たぶんIPOされた企業の9割近くが姿を消したと思います。

建設された光ファイバー網のうち「使われている(lit)」キャパシティは僅か2%しかなく、倒産した通信会社が光ファイバー網を売ろうとしたら、建設費用の10分の1でしか売れなかったのです。まさに途方もない無駄遣いです。

しかし、この「あり余る」キャパシティは、その後、本格的にネットのサービスが飛躍する重要な土台となりました。結果としてアメリカはインターネットで覇権を握ることが出来たのです

それを図示すると下のようになります。

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(出典:Technological Revolutions and Financial Capital, Carlota Perez)

いまフェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグルなどの企業が寡占的な支配をほしいままにしているのは、ドットコム・バブルのときに構築された壮大なインフラストラクチャが彼らを利しているためであり、この牙城を崩すには、普通のやり方じゃダメだと思います。

しかしインターネットには不得意なことがあります。

まずインターネットはセキュリティーに脆弱性があります。

つぎに我々のクリック履歴などのありとあらゆる「ネット上の足跡」は、グーグルやフェイスブックなどの一握りの企業のデータセンターに中央集権的に保存されています。そのデータの蓄積が、彼らにアンフェア・アドバンテージを与えているとすら言えるでしょう。行政が、ネット企業の横暴に目を光らせないといけないのは、このような非競争的な問題に対してです。

ひるがえって、最近、暗号通貨のマーケットをみると、あたかもバブルのような様相を呈しています。しかし暗号通貨の高騰は、マイニング活動を刺激し、それは、ゆくゆくは、もっとサクサク暗号通貨の決済が出来ることにつながってゆくのかもしれません。つまりブロックチェーンは上の図でいえばFRENZYの局面にあるわけです。ついでに言えばVALUの立ち位置もFRENZYです。

とりわけ重要なポイントは、ブロックチェーン技術は上に書いた「インターネットが不得意としていること」、すなわちセキュリティーや分散型モデルが得意だという点です。つまりブロックチェーン技術はインターネットの弱点を補完するディスラプティブなテクノロジーであり、なぜかわからないけれど日本のテクノロジー・コミュニティーは世界に先駆けてそれに「熱狂」する様相を見せているということ。

上で「パラダイムシフトが起きているときは、キャッチアップしやすい」と述べましたが、まさしくブロックチェーンやVALUなどは日本のIT業界の遅れを取り戻す好機なのです。

日本の行政は、得てして早く動き過ぎ、暴落というcreative destructionをするチャンスの芽すら事前に摘み取ってしまう傾向があるのではないでしょうか?

これは、事なかれ主義以外の何物でもなく、新技術やニュー・ビジネスの成長阻害要因です。

最近「若手官僚レポート」とか、お上品なレポートがSNSでシェアされているけれど、経済というものは、もっと容赦ないものであり、バイオレントなものだと思うのです。

だから僕らみたいな、現場で泥だらけになってそれに取組み、糾弾され、帰り際に塩撒かれるような経験をし、果てはリストラされた人間から見ると、なんか心の琴線に触れるようなところが全く無いんですね。

その点、今回VALUで堀江貴文さんのVAが1位デビューしたというのは、poetic justiceという気がします。なぜなら堀江さんといえばライブドア事件でボコボコにされた人だから。

あの事件は、日本のネット業界の炎を「ふっ!」と吹き消してしまうような効果があったと思います。

事なかれ主義のお役人さんたちは、今回もFRENZYの芽を摘んでしまうんでしょうかね?

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