VALUは自分の夢や関心を実現しようと頑張っている人たちを支援する目的で作られた、個人を上場する「疑似株式市場」です。



しかし、上場者の顔ぶれを見ると、金儲けにめざとい起業家やブロガーが多いです。

芸術家やボランティアなどの、本当に自分の夢や理想の実現のために頑張っている人たちの参加は、まだまだという印象を受けます。

自分の趣味や関心を極める……これは、時として茨(いばら)の道です。

創造的で、見る人の心を豊かにし、社会に貢献するこれらの努力が、必ずしも金銭的な見返りを伴わないのは資本主義の制度の欠陥、ないしは限界かもしれません。

しかし社会全体がユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)に移行するのは、なかなか簡単ではないと思います。我々が生きている間に、それが実現する可能性については、正直、悲観的にならざるをえません。

でも、ちょっと待ってください!

6月から始まったVALUというサービスは、なるほど全ての国民(=ユニバーサル)を対象とした救済ではないけれど、志(こころざし)ある人が、最低限の経済的セイフティーネットを確保するひとつの道として、「こういうやり方が、あるんじゃないですか?」という具体的な方法論を、われわれに提示しているのです。

VALUは「民間版ベーシックインカム」の、ひとつの試みだという見方もできるのです。

なぜ、われわれは、もっとその事実に注目しないんですかね?

やれ「VALU、VALU!」と騒ぎ立てているのは、僕に代表されるcapitalist pigな連中ばかりで、いちばんベーシックインカムを必要とし、それを夢見ているクリエイティブ層は、なんだか喰い付きが悪くありません?

VALUの素晴らしい点は、それが株式ではないという部分です。それが何を意味するか? といえば、「企業の利益を山分けするための仕組み」ではないということです。

なぜそれが大事かといえば、社会にとって企業が利益を稼ぐことも大事かもしれないけれど、それがすべてではないからです。

だからカイシャのシステム、資本主義のシステムの蚊帳の外に置かれているひとたちこそ、VALUというサービスをしっかり理解する必要があります。

「VALUが企業利益を分配する場所ではないのなら、それはいったい何?」

そう皆さんは思うでしょうね。それに対する回答は、以下の通りです。

VALUは、勇気をもらうところです。
VALUは、頑張っている人にエールを送るところです。
VALUは、共感をシェアする場所です。
VALUは、有益な貢献をもたらしてくれた人にサンキューするところです。
VALUは、苦しいという現状を「うん、わかるわかる」と認める(acknowledge)場です。
VALUは、誰かに自分の考えや努力を肯定してもらえるところです。


以上述べたような、見知らぬ他人からの応援をもらう場所がVALUの存在意義であり、その真骨頂であるわけです。

たんなる金儲けの場なら、VALU以外にもFXや株式市場があるわけで。

僕くらい長く投資をやっていると、おカネの限界というものをヒシヒシと感じます。もっといえば金儲けなんて、もうワクワクしないということ。P&L(損益計算書)やB/S(貸借対照表)で捕捉できるものなど、分析するのはカンタンです。

しかし、数字に表れない支持や恨み……そういったものが本当のリスクなのです。

財務分析が捉えられないもの、市場機能だけでは問題解決できないこと……それらを畏怖するキモチを我々が失ってしまったら、そこに待ち構えているのは「完全に不平等な社会」だけです。

VALUのビジネスモデルの美しさは、企業活動や利益といった概念では捉えきれない個人の価値創造の努力を、市場モデルを逆手にとることで顕在化させたところにあるのです。