ICOとはイニシャル・コイン・オファリングの略です。乱暴に言えば、仮想通貨による資金調達を指します。ICOは歴史が浅いです。
これに対しIPOとはイニシャル・パブリック・オファリングの略です。新規株式公開を指します。
いま起業家が自分の夢を実現するにあたって、IPOにより資金を調達するルートと、ICOにより資金を調達するルートがあります。
これまではIPOが究極の資金調達方法でした。
しかし最近はICOという手法が脚光を浴びており、一部の起業家は、むしろこちらの方を選好しています。
ICOは米国証券取引委員会(SEC)に登録する必要がないので、諸経費が安く済みます。また資金調達すると決めてから、実際にお金が集められるまでのタイム・ツー・マーケットが速いです。
こうしたICOの一連のメリットについては、最近、しばしばマスコミでも論じられるようになっているので、この記事ではあえて詳しく触れません。むしろ「なぜIPO市場がダメになっているのか?」ということを紹介することで、IPOからICOへとおカネが流れ始めている事を説明したいと思います。
IPO市場が活気を失った一つの理由は、IPOを支えるエコ・システムが弱体化したことによります。
活気あるIPO市場が成り立つためには、ディールを積極的に買う機関投資家の存在が不可欠です。
またディールをプッシュする投資銀行も重要な役割を果たします。
それらが「骨抜き」になっているのです。
IPOに積極的に応募する、小型成長株を中心に投資する、アグレッシブ・グロース・ファンドのような機関投資家は、いま「流行遅れ」のレッテルを貼られています。だからそれらのファンドの売れ行きは悪く、投資資金が比較的少なくなっています。
これにはインデックス運用、さらに言えばETFの隆盛が関係しています。
ETFはエクスチェンジ・トレーデッド・ファンドの略で、「まるで株式のように、取引所で買えるインデックス投信」を指します。
つまり「ダウ30を買いたい!」とか「S&P500 を買いたい!」と思えば、ETFを買うのが手っ取り早く、ローコストな方法なのです。
ETF自体は「優れもの」商品であり、たいへんポピュラーです。米国の株式市場の毎日の出来高のうち、実に60%がETFそのもの、ないしはETFを巡るアービトラージ(=サヤ取り)が引き起こす出来高だと言われています。
そのトレードはHFT(ハイ・フリックエンシー・トレーディング)と呼ばれる、コンピュータを駆使した高速トレーディングに独占されているため、極めて利ザヤの薄い、証券会社にとってウマ味のないビジネスです。
また運用会社の立場からすると、そもそもファンドマネージャーを必要としない、ETFばかりが運用資産をどんどん獲得しているので、昔ながらの「銘柄一本釣り」のファンドマネージャーは、シーラカンス化しています。ETFの費用比率は、アクティブ運用の数分の一なので、ETFが流行れば流行るほど、運用フィーに対する下落圧力がのしかかってきます。
そもそもアクティブ運用ファンドが不人気なことに加え、運用会社はどこも経営が苦しくなりつつあるので、余計に「腕の立つファンドマネージャーを雇用しよう」という気概は失せるわけです。
その結果、小型のIPOを積極的に買う、機関投資家の資金は細ってしまいました。
一方、証券会社の方でも大きな変化が出ました。
むかし、ナスダックのハイテク企業やバイオ企業のIPOは、東海岸の大手証券が扱うのではなく、ブティックと呼ばれる、それ専門の証券会社がおもに引受けました。具体的には、ハンブレクト&クイスト、モンゴメリー、ロバートソン・スティーブンス、アレックス・ブラウンなどの証券会社です。
彼らは難解なテクノロジーやバイオの、技術評価が出来ることを売り物としていました。
調達金額は少なくても、急成長する見込みのある会社を、数多く引き受けることで、ビジネスを成り立たせていたのです。
もうひとつ、それらのブティック証券の商売を美味しいものにしていたのは、ナスダック市場におけるマーケット・メーキングというシステムです。そこでは、これらの証券が顧客からの売買注文の反対側、つまり買い注文に対しては証券会社が自己ポジションで売り向かい、顧客からの売り注文には買い向かうことで流動性を提供していました。その際、Bid(買い気配)とAsk(売り気配)のスプレッドが大きいため、マーケット・メーキング業務によるスプレッド収入が莫大でした。
ところが1990年代半ばにドットコム・ブームが起きると、このビジネスのウマ味に気がついた東海岸の大手投資銀行が続々と参入し、過当競争になりました。
いまでは上記のブティック証券は、すべて大手に吸収され、消えています。
大手証券は費用構造がブティック証券とは根本的に異なるので、チマチマした小さな案件を追いかけていては商売になりません。そのような理由から、小型株のリサーチは止めてしまうところが続出しました。
つまり、本来の「難解な技術や先端的なビジネスモデルを、言葉を尽くして機関投資家に説明し、その対価として注文をもらう」ブティック証券のサービスは、大手に吸収された頃から、だんだん朽ちて行ったのです。
一方、起業家の側でも、メンタリティーの変化というものがありました。Facebookの創業物語を映画化した「ソーシャル・ネットワーク」の中で、マーク・ザッカーバーグのビジネス上の「師匠」であるショーン・パーカーが、次のように言い放つ場面があります:
これは起業家が自分の創業した会社を早期にIPOするのではなく、なるべく非公開の時期を長くし、大きくはぐくんでから、株式公開するストラテジーを象徴する流行語になりました。
その結果として時価評価10億ドルを超えるまでモラトリアム的にIPOを先送りする「行かず後家」的なスタートアップ企業が続々と出たのです。それらの大型非公開会社は、ユニコーン企業と呼ばれます。
しかしユニコーン企業の中には「わざとIPOしない企業」もあるけれど、経営内容が悪く「IPOしたくても出来ない企業」も多く含まれています。
女性版スティーブ・ジョブズと持て囃されたエリザベス・ホルムズのセラノスが、とんでもないインチキ企業だったことは話題を呼びましたし、ウーバーも「わざとIPOしない企業」から「IPOしたくても出来ない企業」へと転落しています。
投信会社は、「なるべく非公開のうちに一枚、噛んでおきたい」という魂胆から、それらのユニコーン企業のプライベート・ラウンドに積極的に参戦しました。本来、ベンチャー・キャピタルが供給すべきリスク・キャピタルを、ベンチャーのノウハウに乏しい投信会社が担う事で、バリュエーションの吊り上り現象が起きました。

このためユニコーン企業の多くは「いま株式公開すると、逆にバリュエーションが下がってしまう」という状態になっているのです。それを象徴する例が、最近IPOされたブルー・エプロン(ティッカーシンボル:APRN)でしょう。
同社の場合、IPOのロードショウをしている最中にアマゾン(ティッカーシンボル:AMZN)がホールフーズを買収するという衝撃的なニュースが入ったので、当初の初値設定30ドルの3分の1、わずか10ドルで値決めとなり、アフターマーケットでも株価は下がっています。これはユニコーン戦略に拘り過ぎたことで上場の「旬を逃した」例です。
個人投資家目線からすれば、昔はIPOというとウハウハ儲かる案件が目白押しだったのに、余りにユニコーンがバリュエーションを引っ張った後で公開に持ち込むため、リスクばかりで、旨味に欠けます。
その点、ICOには、1980年代のIPOと同じような、初々しい魅力があります。また起業家の側でも、「やたらとべらぼうに大きい資金調達をする必要は無いし、むしろそれは悪である」と考える経営者も出てきています。つまり「これがやりたい」というプロジェクト毎に、そのプロジェクトを遂行するのに必要な金額だけを調達する方法として、ICOは手頃なサイズなのです。
ICOにはクラウドファンディング同様、デリバラブルズ(届けるべき成果)があります。その意味でICOにより調達される資金は、株式(=エクイティー)と言うより「債券的」と言えるかもしれません。その反面、そのデリバラブルズさえしっかり成就させれば、別に会社全体として利益を出す必要はないし、ゴーイング・コンサーンである必要すら無いと思います。
それは「かならずしも帳簿がしっかりしてなくて良い」(=それは上場に必要なmaterial weaknessの無い経理という意味で)ことも意味します。
そうでなくても最近のシリコンバレーのテクノロジー・シーンはFANG(=フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、アルファベット)による寡占が強まっています。ちょっと面白いビジネスとなると、これらの大手企業が無限の経営リソースを投入し、たちまち美味しいところを掻っ攫ってしまうのです。つまりシリコンバレーは息の詰まる、風通しの悪い処に成り下がりつつあるのです。
そのような閉塞状況に対するアンチテーゼという側面を、ICOは持っているのです。
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これに対しIPOとはイニシャル・パブリック・オファリングの略です。新規株式公開を指します。
いま起業家が自分の夢を実現するにあたって、IPOにより資金を調達するルートと、ICOにより資金を調達するルートがあります。
これまではIPOが究極の資金調達方法でした。
しかし最近はICOという手法が脚光を浴びており、一部の起業家は、むしろこちらの方を選好しています。
ICOは米国証券取引委員会(SEC)に登録する必要がないので、諸経費が安く済みます。また資金調達すると決めてから、実際にお金が集められるまでのタイム・ツー・マーケットが速いです。
こうしたICOの一連のメリットについては、最近、しばしばマスコミでも論じられるようになっているので、この記事ではあえて詳しく触れません。むしろ「なぜIPO市場がダメになっているのか?」ということを紹介することで、IPOからICOへとおカネが流れ始めている事を説明したいと思います。
IPO市場が活気を失った一つの理由は、IPOを支えるエコ・システムが弱体化したことによります。
活気あるIPO市場が成り立つためには、ディールを積極的に買う機関投資家の存在が不可欠です。
またディールをプッシュする投資銀行も重要な役割を果たします。
それらが「骨抜き」になっているのです。
IPOに積極的に応募する、小型成長株を中心に投資する、アグレッシブ・グロース・ファンドのような機関投資家は、いま「流行遅れ」のレッテルを貼られています。だからそれらのファンドの売れ行きは悪く、投資資金が比較的少なくなっています。
これにはインデックス運用、さらに言えばETFの隆盛が関係しています。
ETFはエクスチェンジ・トレーデッド・ファンドの略で、「まるで株式のように、取引所で買えるインデックス投信」を指します。
つまり「ダウ30を買いたい!」とか「S&P500 を買いたい!」と思えば、ETFを買うのが手っ取り早く、ローコストな方法なのです。
ETF自体は「優れもの」商品であり、たいへんポピュラーです。米国の株式市場の毎日の出来高のうち、実に60%がETFそのもの、ないしはETFを巡るアービトラージ(=サヤ取り)が引き起こす出来高だと言われています。
そのトレードはHFT(ハイ・フリックエンシー・トレーディング)と呼ばれる、コンピュータを駆使した高速トレーディングに独占されているため、極めて利ザヤの薄い、証券会社にとってウマ味のないビジネスです。
また運用会社の立場からすると、そもそもファンドマネージャーを必要としない、ETFばかりが運用資産をどんどん獲得しているので、昔ながらの「銘柄一本釣り」のファンドマネージャーは、シーラカンス化しています。ETFの費用比率は、アクティブ運用の数分の一なので、ETFが流行れば流行るほど、運用フィーに対する下落圧力がのしかかってきます。
そもそもアクティブ運用ファンドが不人気なことに加え、運用会社はどこも経営が苦しくなりつつあるので、余計に「腕の立つファンドマネージャーを雇用しよう」という気概は失せるわけです。
その結果、小型のIPOを積極的に買う、機関投資家の資金は細ってしまいました。
一方、証券会社の方でも大きな変化が出ました。
むかし、ナスダックのハイテク企業やバイオ企業のIPOは、東海岸の大手証券が扱うのではなく、ブティックと呼ばれる、それ専門の証券会社がおもに引受けました。具体的には、ハンブレクト&クイスト、モンゴメリー、ロバートソン・スティーブンス、アレックス・ブラウンなどの証券会社です。
彼らは難解なテクノロジーやバイオの、技術評価が出来ることを売り物としていました。
調達金額は少なくても、急成長する見込みのある会社を、数多く引き受けることで、ビジネスを成り立たせていたのです。
もうひとつ、それらのブティック証券の商売を美味しいものにしていたのは、ナスダック市場におけるマーケット・メーキングというシステムです。そこでは、これらの証券が顧客からの売買注文の反対側、つまり買い注文に対しては証券会社が自己ポジションで売り向かい、顧客からの売り注文には買い向かうことで流動性を提供していました。その際、Bid(買い気配)とAsk(売り気配)のスプレッドが大きいため、マーケット・メーキング業務によるスプレッド収入が莫大でした。
ところが1990年代半ばにドットコム・ブームが起きると、このビジネスのウマ味に気がついた東海岸の大手投資銀行が続々と参入し、過当競争になりました。
いまでは上記のブティック証券は、すべて大手に吸収され、消えています。
大手証券は費用構造がブティック証券とは根本的に異なるので、チマチマした小さな案件を追いかけていては商売になりません。そのような理由から、小型株のリサーチは止めてしまうところが続出しました。
つまり、本来の「難解な技術や先端的なビジネスモデルを、言葉を尽くして機関投資家に説明し、その対価として注文をもらう」ブティック証券のサービスは、大手に吸収された頃から、だんだん朽ちて行ったのです。
一方、起業家の側でも、メンタリティーの変化というものがありました。Facebookの創業物語を映画化した「ソーシャル・ネットワーク」の中で、マーク・ザッカーバーグのビジネス上の「師匠」であるショーン・パーカーが、次のように言い放つ場面があります:
A million dollar isn’t cool. You know what’s cool? A billion dollar.
百万ドルなんてはした金だ。10億ドルならイカすね。
これは起業家が自分の創業した会社を早期にIPOするのではなく、なるべく非公開の時期を長くし、大きくはぐくんでから、株式公開するストラテジーを象徴する流行語になりました。
その結果として時価評価10億ドルを超えるまでモラトリアム的にIPOを先送りする「行かず後家」的なスタートアップ企業が続々と出たのです。それらの大型非公開会社は、ユニコーン企業と呼ばれます。
しかしユニコーン企業の中には「わざとIPOしない企業」もあるけれど、経営内容が悪く「IPOしたくても出来ない企業」も多く含まれています。
女性版スティーブ・ジョブズと持て囃されたエリザベス・ホルムズのセラノスが、とんでもないインチキ企業だったことは話題を呼びましたし、ウーバーも「わざとIPOしない企業」から「IPOしたくても出来ない企業」へと転落しています。
投信会社は、「なるべく非公開のうちに一枚、噛んでおきたい」という魂胆から、それらのユニコーン企業のプライベート・ラウンドに積極的に参戦しました。本来、ベンチャー・キャピタルが供給すべきリスク・キャピタルを、ベンチャーのノウハウに乏しい投信会社が担う事で、バリュエーションの吊り上り現象が起きました。
このためユニコーン企業の多くは「いま株式公開すると、逆にバリュエーションが下がってしまう」という状態になっているのです。それを象徴する例が、最近IPOされたブルー・エプロン(ティッカーシンボル:APRN)でしょう。
同社の場合、IPOのロードショウをしている最中にアマゾン(ティッカーシンボル:AMZN)がホールフーズを買収するという衝撃的なニュースが入ったので、当初の初値設定30ドルの3分の1、わずか10ドルで値決めとなり、アフターマーケットでも株価は下がっています。これはユニコーン戦略に拘り過ぎたことで上場の「旬を逃した」例です。
個人投資家目線からすれば、昔はIPOというとウハウハ儲かる案件が目白押しだったのに、余りにユニコーンがバリュエーションを引っ張った後で公開に持ち込むため、リスクばかりで、旨味に欠けます。
その点、ICOには、1980年代のIPOと同じような、初々しい魅力があります。また起業家の側でも、「やたらとべらぼうに大きい資金調達をする必要は無いし、むしろそれは悪である」と考える経営者も出てきています。つまり「これがやりたい」というプロジェクト毎に、そのプロジェクトを遂行するのに必要な金額だけを調達する方法として、ICOは手頃なサイズなのです。
ICOにはクラウドファンディング同様、デリバラブルズ(届けるべき成果)があります。その意味でICOにより調達される資金は、株式(=エクイティー)と言うより「債券的」と言えるかもしれません。その反面、そのデリバラブルズさえしっかり成就させれば、別に会社全体として利益を出す必要はないし、ゴーイング・コンサーンである必要すら無いと思います。
それは「かならずしも帳簿がしっかりしてなくて良い」(=それは上場に必要なmaterial weaknessの無い経理という意味で)ことも意味します。
そうでなくても最近のシリコンバレーのテクノロジー・シーンはFANG(=フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、アルファベット)による寡占が強まっています。ちょっと面白いビジネスとなると、これらの大手企業が無限の経営リソースを投入し、たちまち美味しいところを掻っ攫ってしまうのです。つまりシリコンバレーは息の詰まる、風通しの悪い処に成り下がりつつあるのです。
そのような閉塞状況に対するアンチテーゼという側面を、ICOは持っているのです。
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