「投資で儲かるのは何かを発見したときだ」


これはウォール街の格言です。

もちろん発見(discovery)の要素が無くても、投資は成立します。

しかしその場合の期待リターンは、せいぜい3~5%くらいでしょう。

「発見」もしていないくせに、+50%から+100%のリターンを望むのは、虫が良すぎます。

さて、「発見」にはPush backがつきものです。

Push backとは「いや、それは違うんじゃない?」という「反発」です。

Twitterであなたの発言にクソリプが付く……これはPush backの好例です。

もし、そんな風に、あなたの主張が突き返された場合、そのアイデアは有望です。

でもみんなが「んだ、んだ」と肯定、同意の大合唱になった場合、たぶんそれは「発見」ではないでしょう。それは、単に、あまねく知れ渡っている「常識」だと疑ってかかった方が良いです。

Push backは「知識ギャップ」ないしは「情報ギャップ」から生じることが殆どです。

つまりPush backしている奴は、新しいコトやその重要性に気付いていないのです。

この「知識ギャップ」こそが、profit、すなわち利益機会の源泉です。

たとえば「キメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞療法」と言ったところで、殆どの読者は「?」でしょうね。

しかし、「これはあなたの体からまず採血し、その細胞から、あなただけに効くお薬を作るのです」と説明されると(なるほど、これは画期的だな!)と気がつくわけです。

この知識ギャップは、喩えて言えば白いカンバスです。その「知識」の空白を埋めてゆく作業が投資に他ならないのです。

ビットコインが依拠しているブロックチェーン技術も、まだ知らない人の方が圧倒的に多いです。だから知識ギャップを埋め、白いカンバスをいろんな色で染めてゆく作業は、まだ端緒に着いたばかりです。

人は、新しいもの、自分の知らない対象を、べらぼうに過大評価する傾向があります。

たとえば小中学生の「初恋の人」を思い出してください。

彼らは初恋の相手を純真無垢なものと断定します。

だから「Hをする」なんてのは、もってのほか!

あたまの中だけで理想化、偶像化は完結するのです。

「○○ちゃんほど無垢な娘が、うんこするはずない!」


そう思うわけです。

この場合、この娘に対する自分の中の評価は∞(無限大)まで高まります。べらぼうな株価評価がつくのは、そんなときです。

しかしどんなに綺麗な娘でも、うんこはします。

これと同じように、どんなに輝いている投資ストーリーにも、必ず弱点はあるものです。

ただ「恋は盲目」と同じで、バブルの局面ではわれわれの目がフシアナになってしまっているだけ。

それでは、バブルは「悪」なのでしょうか?

ウォーレン・バフェットはカリスマ的投資家がですが、みんながウォーレン・バフェットの投資手法を真似て「最低でも10年間上場されている銘柄にしか投資しない」と決めたら、どうなるでしょう?

その場合、誰も新規株式公開(IPO)を買わなくなるので、新しい会社は上場できなくなります。つまり確実に経済の活力は殺がれるのです!

だから全員が「転ばぬ先の杖」で、慎重かつ保守的な投資態度になると、その国の経済はダメになります。

突き詰めて言えば、1990年代以降の日本経済の元気が無くなってしまった一因は、この過保護な金融行政にあるのです。

失敗は成功の母


だから単に「新しい」、「リスキーだ」というだけで、それらを全部禁止するような愚行をしてはいけません。

言い換えれば、試行錯誤に対しては、温かい目でそれを見守る態度が必要だということです。

最近、日本のお役所は、ようやくそういうコトに対する理解が深まり、金融行政においても、世界のどん尻から世界をリードするポジションに頭角を現し始めています。とりわけ仮想通貨を巡っては、日本は世界の最先端に近い環境を整えています。

ここまで来るのは、長い道のりでした。またちょっと気をゆるすと、すぐ昔の「事なかれ主義」のメンタリティーに逆行すると思います。

いまは折角のチャンスなので、ギョーカイも「攻めて、攻めて、攻めまくる」べきだし、行政も「攻めて、攻めて、攻めまくる」べき局面です。