10月31日にビットコインは9歳を迎えます。

そこで簡単にビットコイン誕生前後の歴史を振り返ってみたいと思います。

サトシ・ナカモトなる人物が、ビットコインの概念に取り組んでいたのは2008年の秋でした。

当時はサブプライム・バブルが崩壊し、春にベア・スターンズがJPモルガン・チェースに救済買収された後、9月にはリーマン・ブラザーズの経営が、にっちもさっちも行かなくなって、とうとうリーマンが潰れてしまいます。金融機関は疑心暗鬼に陥り、お互いに資金を融通することをやめ、金融システム全体が、フリーズしたような状況になりました。

世界の庶民にとって、金融機関とはうさんくさい存在であり、投資銀行に勤める「欲豚」どもが、世界を無茶苦茶にしたという、恨みと、軽蔑の混じったまなざしで、金融界で起こっている阿鼻叫喚を見ていたのです。

その混乱のどん底に近い2008年10月31日、サトシ・ナカモトはビットコインのホワイトペーパーを公表します。

ビットコインは、金融機関が好き勝手にやり、世界をメチャクチャにしてしまったこと、さらには政府が7千億ドルもの資金をTARPというプログラムを通じて、それらの金融機関の救済に使ったこと……そういう権力の横暴に対するアンチ・テーゼとして、分散化され、独立した個々のプレーヤーが、総和としてガバナンスを保つ代替的な金融システムとして考案されたのです。

11月9日にはビットコインがオープン・ソース・ソフトウェア・デベロップメントのウェブサイト、SourceForge.netに登録されました。これはボランティア的な貢献を得ることでビットコインの完成度を高めることが加速する意図があったと思います。

最初のビットコインのやりとりはサトシ・ナカモトとハル・フィネーの間で行われました。その時のビットコインの価格は約0.000764ドルでした。(今日現在のビットコイン価格=$5,470で計算すると715万倍になった計算になります)

2008年12月にウィキリークスがビットコインでの支払いを受け付けると発表したとき、サトシ・ナカモトは「それをやるとビットコインがいきなりメジャーになる。でもビットコインは未だ幼児に過ぎないので、ソフトウェアは時間をかけて熟成させてゆかなければいけない。だから今、ウィキリークスがビットコインでの支払を受け付けるのは止めてくれ!」と訴えます。

その直後、サトシ・ナカモトは姿をくらましました。

なお、欧米ではBitcoinと頭文字を大文字にした場合、ビットコインを可能にするソフトウェアを指し、bitcoinと小文字にした場合、ビットコインと言う名前の仮想通貨を指します。

ビットコインの特徴は:

1. 分散型であること(distributed)
2. 暗号を使っていること(Cryptographic)
3. 改ざんできないこと(Immutable)
4. つねに検証を伴うこと(Proof-of-Work)


になります。

ビットコインのブロックチェーンには、世界のどこからでも、だれでもアクセスすることが可能です。これは金融機関が顧客データをがっちり守って、外部者に見せないのとは対極の立場と言えます。

ビットコインで取引があるたびに、その取引は暗号学的にチェックされます。そこではビットコインの送り手が、ちゃんとそのビットコインの正当なオーナーであるかどうかがチェックされるのです。そして取引は、それが純正だと認められると、後でまとめて「封印」されます。これがブロックチェーン(ウインナ・ソーセージのように数珠つなぎになった連鎖)の由来です。そのプロセスは数学に基づき、自動販売機の如く感情を持たず、主観の入り込む余地はありません

また一度ブロックチェーンとして琥珀に閉じ込められた化石のように封印されてしまえば、その記録は消去できません

このような作業をすることを検証と言い、マイニング作業という風に形容されることもあります。検証作業は、誰でも出来ますが、競争が激しいので、どんどんパワフルなコンピュータを投入しなければいけなくなっています。検証のご褒美として、ビットコインが貰えるわけです。


QUOINEX

【お知らせ】
Market HackのFacebookページに「いいね」すれば最新記事をサブスクライブすることができます。

広瀬隆雄のTwitterInstagramもよろしく。

お問い合わせはhiroset@contextualinvest.comまでお願いします。

最後にMarket Hack読者の親睦コミュニティ、Market Hack Salonは、現在、新規メンバーを募集中です。