ドットコム・バブル華やかなりし1990年代終盤、もうひとつのブームがありました。それはフュエルセル(燃料電池)のブームです。

当時はフュエルセルは主に「エンジンの代用品」という視点から開発されていました。今で言えばちょうどテスラに代表されるEVのようなノリだったわけです。

結局、経済的合理性のある価格でフュエルセルを自動車の動力にすることは叶わず、ブームは終焉しました。

今回のフュエルセル・ブームは、当時とは根本的に異なる点があります。それは用途が車載ではなく固定設置型であり、データセンターなど電力を大量に消費する需要家を相手にしている点です。だから競争相手はバックアップ・ジェネレーターや電力会社になります。

今回のブームの「台風の目」になっている企業は、先日新規株式公開(IPO)されたブルーム・エナジー(ティッカーシンボル:BE)です。

同社はネットスケープアマゾングーグルなどに投資したことで知られるカリスマ・ベンチャー・キャピタリスト、ジョン・ドーアが支援しています。

ジョン・ドーアは「空振り三振」も多いけど、大ホームランもかっ飛ばしています。

ブルーム・エナジーの創業者、KPシュリドハーは、もともとアリゾナ大学宇宙技術研究所のディレクターでした。

彼の専門は、電気から酸素を作る装置でした。NASAから「火星に人類のコロニーを作るに際して酸素が必要だ。だから酸素供給装置を作ってくれ」と頼まれ、それを考案したのです。この装置自体はNASAが採用し、実際に火星で試験稼働しているそうです。

ただ火星に人類のコロニーを作る計画自体は頓挫したので、「それなら起業家に転身する」とアリゾナ大学を辞めてしまったのです。

彼は「電気から酸素を作る装置」を逆流させ、「酸素から電気を作る装置」を考案しました。その後、発電効率を上げるため、酸素ではなく天然ガスを燃料に使うことにしましたが、天然ガスを燃やすことなく電気に変換することが可能です。

フュエルセルの良い点はクリーン・エナジーである点、変換効率が高く、ソーラーより効率的であること、モジュラーに増設できること、安全にホットスワップ(交換)できること、オフライン・メンテナンスも出来ることなどです。

green-machine

ソーラーパネルや風力発電は天候や日照により発電量が左右されます。その一方でフュエルセルは常に発電量が一定なので、いわゆるベースロードに適しています。だからソーラーパネルや風力発電と併せて使用することで夜間や無風の状態のときの発電量の落ち込みを補完することが出来るのです。極めて相性がいいです。

ブルーム・エナジーの顧客はAT&T、ホームデポ、ウォルマート、アップル、イーベイ、インテルなどです。またデータセンターのエクイニックス、病院のカイザー・パーマネンテ、大学・研究所のカルテックなど、絶対に停電してはいけない顧客もブルーム・エナジーを導入しています。

なかでもカルテックはJPL(ジェット推進研究所)を生んだ最高峰の工科大学であり、そこが主に「コストが安上がりで信頼性が高いから」という理由で電力会社からの電気の供給を断り、ブルーム・エナジーにほぼ完全に乗り換えたということはとても重要です。

同社は:

1) 機器の売上
2) オペレーション&メンテナンスの売上


の二種類の売上が立ちますが、将来的には機器のグロスマージンは30%、オペレーション&メンテナンスのグロスマージンは15%を目指しています。

さて、同社の過去の損益計算書は結構ゴチャゴチャしていて読み解きにくいです。これには2つの理由があります。

まず多くの顧客にとり「電気は電力会社から供給を受け、毎月電気代を払うもの」という先入観があったので、フュエルセルのユニットの「売り切り」のモデルを当初提案しにくかったという点です。

だからPPA(パワー・パーチェス・アグリーメント)という「毎月の電気代」の請求方式を一部採用せざるを得ませんでした。これはちょうどクラウドを通じてサービスを提供するソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)なんかと同じノリです。

ただこの課金方式の問題点はPPAではそれを供給するための資産、つまりブルーム・エナジーが製作したフュエルセル・サーバを自分が購入したカタチでバランスシートに「資産計上」しなければいけなかったという点です。また少数株主PPA債務もノンリコースであるにもかかわらずブルーム・エナジーのバランスシートに計上しなければいけませんでした。

早い話、バランスシートはぶよぶよに膨張し、損益計算書での売上高は過少に報告されるという、同社にとって面白くも無い計上にならざるを得なかったというわけです。

加えて米国連邦政府はクリーン・エナジーに対する税控除(ITC)をずっと行ってきたのですが、2017年だけ控除が廃止され、その後、2018年からそれが復活するという朝令暮改の政策に泣かされました。

ITC(タックス・ベネフィット)の変遷

2008年から2016年は 30%
2017年は0%
2018年は30%


つまり2017年だけは税控除特典が失われたので売上成長が減速する効果があったということです。

この朝令暮改で2017年分に関しても遡及的に控除が受けられると決まりました。その結果、2017年にはブルーム・エナジーのPPA分が3600万ドルの税金の「戻り」を受け、それが特別益に計上されています。

このように同社の過去の業績は色々な特殊要因が含まれており、同社の収益性を容易に把握することは難しいです。

ただ将来に関しては黒字化のロードマップは比較的描きやすいと思います。

ブルーム・エナジーは極めて投機性の高い株であり、「博打」です。でも場合によってはムーンショットを狙えるかもしれないので、同社のストーリーくらいは勉強しておくべきだと思い紹介しました。


【お知らせ】
広瀬隆雄のnoteもよろしく。

お問い合わせはhiroset@contextualinvest.comまで。