昨日「アメリカで就職に困らないブランド公立大学極秘リスト」という記事を書きました。そしたら読者の方々から「UW、UTオースチン、コロラド大学ボルダーが抜けている!」という指摘を受けました。

UWとはシアトルにあるユニバーシティー・オブ・ワシントン、UTオースチンはテキサス大学オースチン校の略です。

ご指摘の通り、これらの大学はとても良い大学であり、地域経済の好調と相まって、いま飛ぶ鳥を落とす勢いです。

だからリストに載せなかった理由は、ただ単に一般論としてこれらの大学は「ティア・スリー」、すなわち「パブリック・アイビー」と呼ばれる、アイビーリーグ級の公立大学でも「第一集団」、「第二集団」ではなく「第三集団」に属すると考えられているからです。

さて、そういうとなんだかヘンにランキングにこだわるようで、僕自身、そういう分類方法はナンセンスだと思うし、ランキングの情報を見る時は注意が必要だと思います。

今日は、ちょっとその話を書きます。

世界の大学ランキングを論じる時、よく日本人の間で話題となるのは「何でこのリストには日本の大学が入ってないの? これって欧米偏重主義じゃん?」ということです。

そういう話を振られるたびに僕は「いや、そうじゃない。それは評価尺度が違うからだ。彼らの尺度からすれば、実際、日本の大学は箸にも棒にもかからない」と答えることにしています。

それでは一体、「その評価尺度って、何?」ということですが、これはわかりやすく言えば学術論文の量と質です。欧米の、とりわけリサーチ・ユニバーシティーと呼ばれる大学は、学術論文の量と質を確保するために「最適化」されています

これに対し、たとえば日本の早稲田とか慶應は、いわゆるティーチング・ユニバーシティーとても言えるでしょう。つまりそこで重視しているのはインストラクション、すなわち「指導」、もっと平たく言えば講義そのものということです。

アメリカのリサーチ・ユニバーシティーの概念は、南北戦争の前に設立された歴史の古い大学、具体的にはハーバード、イェール、コロンビア(当時はキングス・カレッジと呼ばれていました)、プリンストン、ペンシルバニアの各大学と5つの公立大学、具体的にはミシガン、ウィスコンシン、ミネソタ、イリノイ、そしてカリフォルニアがルーツとなっています。それに加えて歴史はそれらより僅かに短いけれど、設立当初からリサーチを徹底的にやる目的で作られたMIT、ジョンズ・ホプキンズ、スタンフォード、シカゴ、コーネルの各大学を含めた15の大学ならびに大学システム(=UCはいろいろ分校があるから)を総称して元祖リサーチ・ユニバーシティーと言います。

リサーチ・ユニバーシティーになるためには基礎研究を活動の柱とし、大学院が充実していることが必要ですが、それと同時に「外部収入(external income)」が占める割合が大きいという特徴があります。

この外部収入とは研究開発費を外部からひっぱってくるという意味です。たとえば医療の分野では大学での研究開発プログラムは大学そのものの予算から捻出される割合は低く、国立衛生研究所(NIH)からグラント(Grant=研究助成金)を獲得する必要があります。

だからリサーチ・ユニバーシティーではプログラム・ディレクターと呼ばれる役職の人が一番威張っています。プログラム・ディレクターはたとえば「超伝導」の研究なら、その研究プログラムの総責任者を指します。たんなるプロフェッサー(=博士)ではなく、外部から研究資金を引っ張ってくるファンドレイザー、つまり今風に言えばクラウド・ファンディングの発起人みたいな役回りです。そういう言い方でピンと来ないなら、営業本部長みたいな役目だと思えば良いでしょう。

プログラム・ディレクターは「なぜこれから我々がやろうとするこの研究に、あなたはスポンサーとしておカネを出すべきか?」ということを先ずレポートにします。NIHの予算はアメリカの連邦政府の予算から捻出される関係で、政府の予算カットなどの対象になります。するとプログラム・ディレクターは議会の予算委員会のメンバーの議員などに直接働きかけて、「この予算を削らないで下さい!」と説得することもしょっちゅうあります。

つまりプログラム・ディレクターは「レインメーカー(rain maker)」、すなわち天に祈り、雨乞いをすることで実際に雨を降らせ、乾いた土地を潤わせ、豊作にするrevenue responsibility(収入確保責任)を負っているのです。プログラム・ディレクターが外部から研究開発予算を引っ張って来なければ「無能!」のレッテルを貼られます。

もちろん、NIHのような公的な予算だけでなく実業界からもおカネを出してもらいます。たとえば物理学の研究はロッキード・マーチンなどの防衛産業からお金が出る場合がありますし、地質学なら石油会社がプログラムのファンディングを助けるといった具合です。

つまりリサーチ・ユニバーシティーはそういう民間企業にとって大いに利用価値があるR&Dだけど、今日・明日の新製品開発には直接カンケーない基礎研究をやるところなのです。それにカネを出している民間企業と大学のプログラム・ディレクターはもちろん太いパイプでつながっているし、プログラム・ディレクターの下で研究開発にいそしんでいる学生が就職先を探すときは「あんた、ロッキードに行きなさい!」と就職支援をするわけです。自分の教え子がロッキードに居れば、将来、プログラム・ディレクターの仕事は一層ラクになります。なぜなら恩を売ることになるから。

このようにリサーチ大学にはmover and shakerと呼ばれる、研究資金獲得のスーパースターたちが割拠しており、あたかも彼らの封土(fiefdom)のような「オレサマの世界」を構築しているのです。もっとざっくばらんに言えば、自分でカネを引っ張ってきて、そのカネで自分の好き放題研究するということ。

よくある「QS」とか「Times」とか「US and World News」とか「上海ランキング」などの大学ランキングは、程度の差こそあれ、学術論文の量と質、そしてそれらの論文が他の大学の研究者にどれだけ引用されているか? というような尺度を評価基準に盛り込んでいます。

これは基礎研究の強さを測る重要な指標なので、それを盛り込むのが「わざと欧米のランクが上がるように偏っている」と批判しにくいと思います。むしろいままでリサーチ・ユニバーシティーの育成に力を入れて来なかった日本の教育行政の大きな欠陥だと捉えるべきではないでしょうか?

これから経済のソフト化、ハイテク化、知識集約化はどんどん加速します。その場合、基礎研究を重視しない日本の教育界の風土が、日本という国の国際競争力に悪い影響を与えるのではないか? と思うと心が曇ります。

日本の大学の世界ランキングでの地位の低さは偶然とか欧米のひん曲がったご都合主義の尺度でそうなったのではありません。

日本のランキングが低いのは、日本の大学がショボいからです。

早く目を覚ませよ、いい加減!


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