ハースト系の女性誌『コスモポリタン』を経営不振から立ち直らせ、世界で最も読まれている女性誌に仕立て上げた名物編集長、ヘレン・ガーリー・ブラウンが13日、90歳で死去しました。

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ヘレン・ガーリー・ブラウンが『コスモポリタン』の編集長になったのは1965年です。当時はテレビがアメリカの家庭に普及しはじめたときで、テレビに読者を取られてしまい、総合誌の体裁を取っていた『コスモポリタン』は深刻な経営不振に陥っていました。

ガーリー・ブラウンは「あれもこれも」という編集方針をバッサリ止め、女性の社会進出というテーマだけに特化した路線を打ち出します。

彼女は既に1962年に「セックスと独身女性(Sex and the Single Girl)」という本を書いており、女性の権利向上を主張する重要な論客と見做されていました。当時のアメリカ社会では「貞淑こそ美徳で、キャリア・ウーマンなんて論外……女性は家庭に入るべき」というプレッシャーがありました。

ガーリー・ブラウンはそれに対してオンナでも人生を謳歌し、大胆に、女であることを楽しみながら生きるべきだと主張します。これが今日の『コスモポリタン』にも脈々と受け継がれている同誌のエトスであり、DNAなのです。

結局、ガーリー・ブラウンは1997年まで、実に32年の長きに渡って編集長を務めます。

現在はケイト・ホワイトに受け継がれており、同誌の現在の発行部数は米国内だけで300万部、それ以外にベトナム、モンゴル、アゼルバイジャン、アルメニアなど世界64カ国でローカル版が出されています。
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