シリア情勢が悪化して以来、隣国のレバノンの経済にも暗雲が立ち込めています。

下はレバノンのGDP成長率のグラフです。
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レバノンは多宗教国家で、特にベイルートやトリポリなどの沿岸の都市は歴史的にスンニ派の回教徒が多く居住していました。

第一次大戦が終了し、オスマン帝国が崩壊した後、イスラエルは英国の支配下に、そしてこんにちのレバノンの地域はフランスの支配下に入りました。

フランスが歴史的に深い関係を持っていたのは山岳地帯のマロン族(東キリスト教会)でしたが、レバノンの国家建設の際に、主に経済的な理由から、この山岳地帯のマロン族と沿岸地帯のスンニ派の「便宜的な同居」状態が容認されました。

沿海部の回教徒はもともとシリアとの融合を希望していたのですが、フランスの意向で、その希望が退けられたのです。

これがのちのレバノン内戦の原因のひとつ(その他にも複雑な要素がからんでいます)となるとともに、シリア情勢が不透明になると、たちどころにレバノンにも不穏な空気が流れる原因となっています。

2007年から2010年にかけて、レバノンでは不動産ブームがありました。しかし現在は不動産価格が高値から15%程度下落しており、これに合わせて不動産取引も鈍化しています。

これに合わせてレバノン国内の投資活動も鈍化しています。
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