1987年10月19日(月)、ダウ工業株価平均指数が1日で508ポイント(-22.61%)暴落しました。いわゆる「ブランクマンデー」です。

あれからちょうど30年、そこで今日はブラックマンデーを振り返ってみたいと思います。

まず背景ですが、この暴落に先立ち、債券市場はすでに半年に渡る、ひどい下げ相場を演じていたことを忘れてはならないと思います。

下は米国10年債チャートです。

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赤の矢印が上昇しているのは、これが利回りのチャートだからであり、債券価格は連日のように下落していました。投資銀行キダー・ピボディーとソロモン・ブラザーズは、ミュニシパル・ボンドのトレーダーのそれぞれ35%と12%を解雇すると相次いで発表しました。そのくらい、債券相場は悪かったのです。

普通、債券利回りと株式市場は競争関係にあります。その意味するところは、債券利回りが上のチャートのように上昇している局面では、株は下がってないとおかしいということです。

ところが株式市場は債券のベア・マーケットを無視し続け、8月後半まで上昇しました。

当時のマクロ経済の注目点はアメリカの双子の赤字でした。アメリカはドル安に誘導することで国際競争力を取り戻そうとしました。

これはドイツをはじめ、アメリカの貿易相手国との間で不協和音が出やすい状況だと形容できると思います。

10月14日にダウ工業株価平均指数が-3.8%を記録し、(あれ、今日はずいぶん下げたな)とウォール街関係者が心配しました。

その翌日も-2.4%の下げで、(何だか変だぞ!)というムードが濃くなりました。

アラビア湾のクウェート沖では、連日のようにイランのミサイルがタンカーを攻撃、地政学リスクならびにそれによる原油価格の急騰が意識されました。

10月16日(金)、イギリス南部が歴史的な暴風雨に見舞われ、停電が各地で起こり、シティの金融関係者が出勤できなくなりました

ロンドンはそのまま週末を迎えてしまったので、トレーダーのポジション調整が十分でないまま月曜日を迎えました。

10月19日(月)のロンドンは金曜日に織り込めなかった下げの部分を急いでキャッチアップするため、急落で始まりました。

ロンドンの急落を見たニューヨーク市場は、大量の売り注文からスタートしたというわけです。

大型株なのに売り買い注文のインバランスで注文がなかなか成立しない、マーケット・メーカーが損に耐えきれず流動性の提供者としての役目を果たせなくなる、ティッカー・テープが一時間以上も遅れたため、個々の株の正確な現在値がわからなくなる……

そういう混乱の中で個別株で言えばデジタル・イクイップメントが一日で-43ポイント、メルクが-33ポイント、ダウケミカルが-32ポイント、プロクター&ギャンブルが-23ポイントと言うような極端な下げを演じたのです。

下は、その日の夜のニュース番組です。



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