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同作品は2012年に発表したトレンディー・ドラマ仕立ての小説です。昔、ニューヨークのトライベッカに住んでいた頃、近くにモデル・アパートメントがあったことからヒントを得て執筆しました。ティーザー(ちら見せ)連載ということで、小説全体の3分の1程度を、毎日更新することで無料公開します。


第四章

翌日、ケイラがモデル・アパートメントでゆっくりしていたら、鉄夫から電話があった。昨日の写真が出来あがったので、モデル・エージェンシーに見に来いという指示だった。
「どう思う?」
会議室に広げられた、無数の写真をケイラはひとつひとつ取り上げた。
「私、まるで……モデルみたい」
鉄夫は黙って微笑んでいた。
「これにしたよ」
会議テーブルの端に、五枚の写真が並べられていた。
「これをメインに持ってこようと思う」
その写真はケイラの顔のアップで、とりわけ情熱的な表情の一枚だった。
ケイラは黙って大きく頷いた。
「きみのこの美しさは……どうだ」
鉄夫の声に、これまで聞いた事の無い、特別の感情がこもっていたので、ケイラは写真から目を上げ、鉄夫の顔をじっと見た。
鉄夫はケイラに見られている事には気付かず、その写真に釘付けになっていた。
しばらくして我に返ると「あ、こっちは全身が映っているから、きみのスタイルがよくわかる」と言いながら次の写真を示した。
ケイラは、もう自分の写真を見ていなかった。
鉄夫だけを、見ていた。
「それからこの写真は大人びたムードだから、こういう仕事も出来るという参考にちょうど良い」
それは黒いオーガンザのセクシーなイブニング・ドレスで撮った一枚だった。
「満足?」
「はい、最高に満足です!」
「これらの写真は、もう印刷に回しておいた。数日で出来あがって来る筈だ。今日は帰っていい」
ケイラはフュージョンの事務所から勢い良く表通りに飛び出した。
スキップしながらウエスト・ブロードウェイの交差点まで来ると、周りに人が居ることも気にせず、両手をダンサーのように広げ、踊りながら一回転した。

ケイラのコンプ・カードが出来てきたのはそれから三日後だった。
鉄夫はヘッドセットを装着して、デザイナーや雑誌社など、得意先企業に次々に電話を入れた。
「こんどウチにエキサイティングな新人が入りました。プラチナ・ブロンドで瞳の色はオリーブ・ドラブ、背は五フィート十インチ、サイズは三十三、二十三、三十四です。特に彼女の金髪は、真っ直ぐで、長くて、とても健康的ですから、シャンプーの宣伝などにはもってこいです」
夕方の五時にケイラからチェックインの電話があった。
「ハーイ、ケイラ。仕事だ。明日朝九時にインスタイルのシェリルに会って欲しい。彼女はアシスタント・ビューティー・エディターだ。インスタイルが、どんな雑誌か、知っている?」
鉄夫はミネラル・ウォーターを一口飲んだ。
「親会社はタイムだ。発行部数は一千万部もある。ここは自社企画記事が充実している。だからエディトリアルの仕事をする機会が多い。シェリルは主に化粧品やヘアケア製品の特集記事を書いている。オフィスはタイムライフ・ビルの中だ。アメリカ街の五十一丁目だ。セキュリティのチェックが厳しいビルだから、少し早めに着く事。コンプ・カードは持っているね? それじゃ、幸運を祈る」

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