このニュースでユーロは軟調になっています。
しかしイランが現在のユーロのオーバーウエイトのポジションを決めたのは去年の9月以降のことで、アハマディネジャド大統領の「ドルはやめておけ」という鶴の一声でユーロへの傾倒が始まったのです。
思えばあの頃がユーロの天井で、それ以降はいいとこなしの展開でした。

(出典:ダイヤモンドZAi)
このようにイランは「逆指標」なのでイランが売るからといって慌てる必要は無いと思います。

新年になりました。今年僕が個人的に注目している事柄について数回に分けて書きたいと思います。
先ずイランについて書きます。
なぜ僕がイランに興味を持っているかと言えばそれは中東、北アフリカの地域でイランはエジプトと並んでダントツに人口が多く、同地域の政治に隠然たる影響力を持つ大国だからです。
でもこの大国は深く病んでいます。
上のグラフはイランの長期でのGDP成長率を示したものです。1979年にイラン革命があり、経済封鎖を受けたため、1980年のGDP成長率は大幅にマイナスになっています。
この混乱に乗じてイラクのサダム・フセインがイランに攻め込み、イラン・イラク戦争が勃発しました。この戦争は8年も続きイランを疲弊させました。88年にかけての経済低迷はこの戦争が少なからず影響しています。
その後はイラン経済はかなり持ち直しています。しかし原油価格が低迷しはじめた去年あたりからまた成長率の見通しは暗転しています。
次にイランの近年の経常収支のグラフを上に掲げました。原油価格低迷が響いています。
さらに消費者物価指数を見るとイランは慢性的にインフレに悩まされていることがわかります。とりわけ08年、09年はインフレが荒れ狂いました。
総括すればイラン革命で独立して以来、イランの経済は「いいとこなし」だったと言えるでしょう。
別の角度から言い直すと1979年のイラン革命の時点での同国のGDP規模はスペインとほぼ並んでいました。今はスペインのGDP規模はイランの4倍になっています。
またイランの公共サービス、福祉、医療などもこの30年間に大きく後退しました。平均寿命は1979年の時点では世界で45番目に長かったのが、現在は133位に落ちています。寿命が6年縮まったからです。
また自殺者の政府統計を見ると1977年に1612人だったのが2007年には42000人に激増しています。
麻薬常習者は革命前の10倍に膨れ上がり、450万人へ、テヘランの売春婦の数は50万人(テヘラン市の人口は1200万人)となっています。
離婚率をみると革命前は殆どゼロだったのが、現在は30%になっています。(*)
つまりイランは長年に渡る教条主義的な圧政の下でだんだん朽ちてきているわけです。
アフマディネジャド政権に対する反抗が粘り強く続いている理由は単にアフマディネジャド個人に対する不満を国民が持っているからではなく、レジーム全体に対する深い失望が根底にあるのです。
株式市場的にはこの問題をどう捉えれば良いのでしょうか?
僕の考えでは反政府デモが盛り上がっている間はイスラエルはイランを攻撃できないと思います。なぜならデモクラシー運動の盛り上がりに水を指すことになるからです。
イスラエルはいちおうデモクラシーの擁護者であるという立場を取っていますから動きにくいと思うし、軍事行動に出た場合、オバマ大統領からの支持も得にくくなるでしょう。
むしろイランがこれまでの流れを踏襲してどんどん内側から崩れてゆくというシナリオの方が実現性が高い気がします。
原油価格については増産に走ろうとしている国がとても多いので楽観視していません。若し原油価格が低迷した場合は、イランは一層苦しむと思います。
(*)これらの統計はすべてアミル・タヘリ「ザ・ペルシアン・ナイト」による。
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