ギリシャ救援第二枠の詳細が明らかになりつつあります。

そこでは欧州中央銀行(ECB)に代わってEFSF(欧州金融安定基金)がギリシャの支援の母体となることが決定されました。

EFSFの中身はドイツをはじめとする欧州中核国の拠出する資金なわけですからこれは実質的に中核国が周辺国の面倒を見ることを背負い込まされた事を意味します。

(ドイツはさぞ迷惑しているだろう)

若し皆さんがそう感じるのなら、ヨーロッパ経済の勉強をイチからやり直した方が良いと思います。

ドイツは困っていません。

そうではなくて、いまのドイツはときめいているのです!

なぜドイツがいま生き生きしているかといえばそれは未来の欧州の姿をshaping(形作る)することを事実上、一手に任されたと同然だからです。

地政学的な見地からは第二次世界大戦以降、ドイツが今ほどフリーハンドで自由に泳ぎ回れるようになったことはかつて無いのです。

通貨ユーロができるまでの歴史を紐解くと、それは一世紀以上にも渡る長い過程でした。

最初に欧州共通通貨を提案したのはボヘミアの王様、イジー・ス・ポジェブラト(George of Podebrady)であると言われています。彼はトルコからの脅威に抗するために欧州全体が団結すべきだと考えたわけです。
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第二次世界大戦の後では欧州の統合こそが世界大戦を防ぐ最良の薬だと考えられました。EUの前身であるEECの構想が練られたのはそのような背景によります。

しかし欧州のそれぞれの国は特色ある文化や風習を持っており、言語も違います。だから平和な日々が続くと地政学的な必要性は忘れ去られ、民族の違いなどが強調されることになります。それは統合の勢いが削がれることを意味します。

欧州統合も長い平穏な日々の中でだんだんモメンタムを失いました。

しかし1989年に起こったベルリンの壁崩壊はそういうステータス・クウォーを大きく変えました。
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西ドイツは東ドイツとの統合を強く望みました。しかしフランスや英国は内心穏やかではありませんでした。なぜならソ連なきあと、若しドイツ帝国が力強く復活するとまたナチスの亡霊が彷徨い始めるからです。

そこでドイツは国民が愛してやまないドイツ・マルクを放棄し、共通通貨を使うことに同意することで東西ドイツ統合の悲願をフランスなどの欧州各国に認めてもらおうという取引に出たわけです。
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