1980年代に僕がニューヨークで株のセールスをやっていた頃、僕の上司の大事なお客さんはソロス・ファンド・マネージメントでした。

或るランチ・ミーティングでそこのファンドマネージャーのお相手をしているとき、彼から耳寄りな話を聞きました。

「バイアコムにはね、ボブ・ピットマンという男がいるのだ。彼はMTVを創り上げた男さ。この人物は知っておく価値がある。」

ピットマンは15歳のときにアルバイトでピッツバーグのラジオ局のディスクジョッキーを始めました。

彼の手がける番組はいずれも視聴率を向上したので、ピットマンはだんだん大きなラジオ局に移ってゆきます。そして最後には23歳でニューヨークのWNBCのDJになります。

ピットマンはアーチストが新曲をプロモートするためにミュージック・ビデオを撮ることを始めた事に気付きます。折角、ミュージック・ビデオを撮ってもそれを放映する機会が限られていたのでプロモーションの効果は限定的でした。

(ミュージック・ビデオだけを流すチャンネルを作ったら、どうだろう?)

そういう着想からミュージック・ビデオのVJ、つまりビデオ・ジョッキーの番組を始めたのです。

MTVはケーブル・ネットワークの中で最も儲かっているチャンネルになりました。

その後、ボブ・ピットマンはワーナー・コミュニケーションズの経営者、スティーブ・ロスに見込まれ、彼の右腕としてタイムワーナー・エンターテイメントの社長を務めます。

次に彼は不動産仲介会社、センチュリー21のCEOに転身しますがドットコム・ブームの初期の1996年にアメリカ・オンラインのスティーブ・ケイスに請われてアメリカ・オンラインの社長に迎え入れられます。

スティーブ・ケイスはピットマンを誘う際、「ボブ、黄色のハッピが似合うねぇ。でもそれを一生着続けるつもりかい?」と嫌味を言ったのだそうです。(=センチュリー21の社員のユニフォームは黄色いハッピでした)

そして2001年にアメリカ・オンラインをタイムワーナーに高値で売却します。

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