
サウジアラビア政府系ファンド、EAを550億ドルで買収へ 巨大投資の背景にある国家戦略
米国の著名なビデオゲーム開発会社であるエレクトロニック・アーツ(EA)は9月29日、同社を550億ドル(約8兆円)で売却することに合意したと発表しました。買収連合には、米国のプライベートエクイティ企業シルバーレイク、サウジアラビアの政府系ファンド(PIF)、そしてジャレッド・クシュナー氏が率いる投資会社アフィニティ・パートナーズが名を連ねています。この買収は、プライベートエクイティによる取引としては史上最大規模となり、サウジアラビアの国家戦略の一端を浮き彫りにしています。
買収の概要と財務的背景
今回の買収合意に基づき、EAの株主は1株あたり210ドルを現金で受け取ります。これは、買収交渉が報じられる直前の9月25日の株価に対し、25%のプレミアム(上乗せ価格)を付けたものです。
買収資金は、約360億ドルの自己資本と約200億ドルの負債によって賄われる予定です。PIFは、既に保有しているEAの株式9.9%を今回の買収に現物出資する形で参加します。
EAは、『EA Sports FC』(旧FIFAシリーズ)や『バトルフィールド』などの人気タイトルを抱える一方で、過去3年間は減収に苦しんでいました。しかし、市場の予測では再び成長軌道に戻ると見込まれています。それにもかかわらず、同社の株価は競合であるテイクツー・インタラクティブや任天堂に比べて割安な水準で評価されており、この点が投資家にとって魅力的に映ったと考えられます。
また、買収に際して組まれる200億ドルの負債は、EAの今年度の予想EBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)の約7倍に相当しますが、現在の低金利環境と潤沢な投資資金を背景に、十分に返済可能と判断された模様です。買収を主導するシルバーレイクは、過去にデル(Dell)やエンデバー(Endeavor)といった複雑な大型買収を成功させた実績があり、その手腕にも期待が寄せられています。
石油依存からの脱却と「文化大国」への野望
この巨大な買収劇の背景には、サウジアラビアが国を挙げて推進する経済多角化戦略があります。総資産9250億ドルを誇るPIFは、石油依存の経済構造から脱却し、国家の新たな収益源を確保することを使命としています。
その戦略の一環として、PIFは近年、エンターテインメントやスポーツといった分野への投資を急拡大させています。これらの産業は、特に男性のオーディエンスが多く、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子をはじめとする指導者層の関心と一致していると見られています。これは単なる財務的リターンだけでなく、サウジアラビアを世界的な「文化大国」として位置づけるという野心的な目標を反映した動きです。
PIFによる多角的な投資ポートフォリオ
EAの買収は、PIFによる一連の大型投資の最新事例に過ぎません。これまでの主な投資先は以下の通りです。
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ゲーム・eスポーツ: PIF傘下のサヴィー・ゲーミング・グループは、eスポーツ大会運営会社のESLとFACEITを約15億ドルで、モバイルゲーム開発会社のスコープリーを49億ドルで買収しています。
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格闘技: ボクシングのビッグイベント開催に数億ドルを投じ、UFCやWWEといった人気団体の主要な開催地としてリヤドを定着させています。
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サッカー: 2034年のワールドカップ開催権を獲得。2021年にはイングランド・プレミアリーグのニューカッスル・ユナイテッドを買収し、クリスティアーノ・ロナウド選手など世界のトップスターを高額な契約金で国内リーグに招聘しています。
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ゴルフ: 新たなプロゴルフツアー「LIVゴルフ」を設立し、PGAツアーとの電撃的な提携合意に至りました。
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モータースポーツ: 自動車メーカーのアストンマーティンへの出資比率を20%以上に高め、F1の買収も検討したと報じられています。
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エンターテインメント・テクノロジー: 大手映画館チェーンAMCシアターズとの提携や、電気自動車(EV)スタートアップのルシード・モータースの筆頭株主となるなど、幅広い分野に資金を投じています。
地政学的背景と今後の展望
一連の投資戦略は、サウジアラビアの地政学的な立ち位置の変化も示唆しています。ソブリン・ウェルス・ファンド研究所のマイケル・モーデル所長は、「最終的な動機は資金であり、化石燃料から脱却し多角化を図ることだ」と指摘しつつも、中東が地政学的に新たな役割を担いつつあると分析します。「中東は『新たなスイス』のような存在になりつつあります。中国、ロシア、米国、欧州など、誰もがビジネスを行える場所になっているのです」と同氏は語ります。
これは、2018年のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件後にサウジアラビアが国際社会から厳しい批判に晒された状況とは対照的です。また、今回の買収連合にトランプ前大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏の投資会社が加わっていることは、同国と米政界との根強い関係性を示唆しています。
専門家は、EAのような大型案件の後、PIFは一時的に投資ペースを緩める可能性があると見ていますが、長期的にはAI(人工知能)分野などへの関心を強め、米国への投資をさらに拡大していくと予測しています。今回の買収は、サウジアラビアが資金力を武器に、世界の経済・文化地図を塗り替えようとする壮大な国家戦略の重要な一歩と言えるでしょう。