欧州市場でテスラを抜き去り、破竹の勢いで世界展開を進める中国の電気自動車(EV)大手、比亜迪(BYD)。同社は本拠地である中国市場において、さらなる価格攻勢と新型車投入でシェア拡大を狙う。その一方で、品質への要求が世界で最も厳しいとされる日本市場では、参入から2年が経過してもなお、厚い壁に阻まれている。この二つの市場における対照的な現状は、BYDが抱えるグローバル戦略の複雑さを浮き彫りにしている。
中国市場でのアグレッシブな価格戦略
中国国内では、BYDの主力ラインナップである「Song(宋)」シリーズの新型車投入が目前に迫っている。新たに市場へ投入される中型クロスオーバー「Song Ultra EV」は、当初予想されていた22万~26万元(約3万1840~3万7630米ドル)という価格帯を大きく下回り、18万元(約2万6050米ドル)前後からのスタートになると現地メディアが報じている。
この大幅な価格修正は、BYD王朝シリーズのゼネラルマネージャーが掲げた「月間販売台数2万台超え」という野心的な目標と合致する動きだ。Songシリーズは元来、単一モデルからスタートしたが、現在は「Song Pro DM-i」や「Song L EV」などを擁するクロスオーバーファミリーへと成長を遂げている。今回の新型車は全長4850mm、全幅1910mmという堂々たるボディサイズを持ちながら、クーペライクな傾斜したルーフラインを採用した2列シート仕様となっている。
技術面でも妥協はない。最大航続距離(CLTCモード)は710kmに達し、BYD傘下のFinDreams製LFPバッテリー(75.6kWhおよび82.7kWh)を搭載。上級グレードの出力は270kW(362馬力)を誇り、ルーフにはLiDARセンサーを備え、高度運転支援システム「天神の目(DiPilot 300)」も実装される。これだけの装備を持ちながら日本円換算で400万円台前半を切りうる価格設定は、中国市場におけるBYDの圧倒的なコスト競争力を示していると言えるだろう。
日本市場で裏目に出る「値下げ」の手法
しかし、中国で成功を収めたこの「高機能かつ低価格」という方程式が、日本市場では通用していない現実がある。2023年1月の日本進出から2年余りが経過したが、今年6月までの累計販売台数はわずか5300台にとどまっているのが実情だ。
BYDは日本国内で45カ所の販売拠点を展開し、需要喚起のために主力車種「Atto 3」(価格420万円弱)などで最大100万円規模の大幅な値引きに踏み切った。政府補助金と合わせれば実質価格が半額近くになる計算だが、この戦略は日本特有の商慣習と消費者心理の前で裏目に出る公算が大きい。
ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の自動車担当シニアアナリスト、吉田達生氏は、このなりふり構わぬ値下げが既存オーナーに「高値掴み」をさせられたという不信感を抱かせ、さらには中古車のリセールバリューを著しく損なうリスクがあると警鐘を鳴らす。ブランドロイヤルティーを確保し、生涯顧客を育てることが自動車販売の本質であるが、現在のBYDの手法が日本でそれを実現できるかについては、極めて懐疑的な見方が強い。
「品質の壁」と長期的な爪痕
日本市場の難しさは、単なる価格の問題だけではない。トヨタ自動車をはじめとする国内大手メーカーへの根強い忠誠心に加え、インフラの未整備なEVよりも、ガソリンと電気を併用するハイブリッド車(HEV)を好む消費者の傾向が依然として支配的だ。かつて米ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、韓国の現代自動車といった海外勢が苦杯をなめてきたのと同様の構図に、BYDもまた直面している。
6月の販売台数が全車種合計で512台という数字は、日本国内の人件費や販売店維持費を賄うには経済合理性を欠く水準だ。それでもBYDが日本に留まり、2026年後半には「軽自動車」規格の新型車投入まで計画している背景には、販売台数以上の狙いがあると考えられる。
前出の吉田氏が指摘するように、BYDにとって重要なのは日本市場を制覇することではなく、世界で最も要求水準の高い顧客を持つこの市場で「爪痕」を残すことにあるのかもしれない。品質意識の極めて高い日本でビジネスを展開しているという実績そのものが、グローバルブランドとしての信頼性を担保する材料になり得るからだ。中国本土での圧倒的な量産効果を背景に、難攻不落の日本市場でどこまでブランドの根を下ろせるか、BYDの模索は当面続きそうだ。