
日本の人口減少を背景に、国内にはない成長性を求めて海外の不動産に投資する企業や個人が増えている。かつては節税目的の個人投資家も多かったが、税制改正や現地のローン条件厳格化により、近年は富裕層が中心となっている。本記事では、マレーシアの物件を購入したエリート会社員の事例から個人投資の現実を紐解くとともに、世界最大の不動産市場である米国で今まさに起きている地殻変動と、2025年に向けた市場予測を分析し、これからの不動産投資の姿を探る。
日本人投資家が直面する「海外」の現実
成長への期待と見過ごせないリスク
三井住友トラスト基礎研究所の安田明宏氏によれば、日本企業による海外不動産投資は「圧倒的に増えている」という。一方、個人投資家については、かつて東南アジアの物件が手頃な価格でローンも組みやすかったためサラリーマン層に人気を博したが、現在は価格上昇などから参入障壁が上がり、富裕層がメインターゲットとなりつつある。
実際に海外不動産を所有する人々は、その選択をどう捉えているのだろうか。ある著名な創業家一族の人物は、10年以上前にオーストラリアとニュージーランドの商業施設群を購入し、その価値が現在2〜3倍になったと語る。しかし、彼は「日本でバブル崩壊直後に購入した不動産は5〜6倍になっている」とも述べ、海外不動産が常に高いリターンをもたらすとは限らないことを示唆した。また、「契約内容の確認や、現地にいないことによる物件の現状把握が難しい」といった、海外ならではの課題も指摘する。
エリート会社員を襲ったマレーシア投資の「大誤算」
大手企業に勤める40代の男性会社員は、約10年前に1600万円でマレーシア・ジョホール州のマンションを購入した。シンガポールに隣接する立地の良さと、中国企業による巨大開発プロジェクト「フォレストシティ」への期待、さらに高速鉄道の建設計画が投資の決め手だった。
しかし、現実は甘くなかった。「マンションが完成するまでに8年もかかった」と彼は言う。幸い計画は頓挫せず、現在は賃料収入を得られているものの、購入から10年が経過した今、売却しても利益はほとんど出ない「トントン」の状態だという。建設の遅延に加え、高速鉄道計画の不透明化、マハティール政権誕生後の対中強硬姿勢、リンギット安による円換算価値の下落など、予測不能な「誤算」が続いた。彼は、「国際ニュースに詳しくなったのはメリットかもしれないが…」と複雑な心境を語る。
米国市場の地殻変動:ミレニアル世代が塗り替える不動産地図
史上最大の富の継承がもたらす変化
日本の投資家がアジアの成長性に目を向ける一方、世界最大の不動産市場である米国では、歴史的な世代交代が始まっている。今後20年で、ベビーブーマー世代からミレニアル世代へと推定84兆ドル以上もの資産が移転すると見られており、その核心となるのが不動産だ。
親世代とは異なる価値観を持つミレニアル世代は、不動産市場の様相を根本的に変える可能性を秘めている。学生ローンや高い失業率といった経済的試練の中で社会人となった彼らは、車や郊外の広い一戸建てを所有するという従来の「アメリカンドリーム」に固執しない。代わりに、仕事における意義や目的、コミュニティへの貢献といった価値を重視する傾向が強い。
調査によれば、ミレニアル世代の85%が「歩きやすい街に住むためなら、より多くのお金を払ってもいい」と回答しており、これはベビーブーマー世代の69%を大きく上回る。彼らが求めるのは、職住が近接し、個性的で体験価値の高い店舗が並ぶ「複合用途型」のコミュニティだ。この価値観は、今後の不動産開発において、持続可能性や地域社会との共生を重視したプロジェクトを増加させるだろう。
2025年の住宅市場予測:金利は下がるが、楽観は禁物
FRBの利下げと市場の反応
こうした長期的な構造変化に加え、短期的な市場動向も注視が必要だ。米国では、連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ抑制のために続けてきた利上げサイクルを転換し、2024年後半から利下げを実施。2025年9月には追加利下げに踏み切り、政策金利の誘導目標を4.0%〜4.25%とした。
この動きに先行して住宅ローン金利は低下し、購入希望者にとっては一息つける状況が生まれた。しかし、専門家は手頃な価格の住宅が十分に供給されるまでには至らず、市場に買い手が本格的に戻るかについては懐疑的だ。ブライトMLSのチーフエコノミスト、リサ・スターテバント氏は、「住宅ローン金利のさらなる低下と、住宅価格上昇の鈍化、あるいは一部地域での価格下落がなければ、購入のハードルは依然として高いままだろう」と分析する。
住宅価格は安定、暴落の可能性は低い
米国の住宅価格上昇率は2023年以降で最も低い水準まで鈍化しており、一部のサンベルト市場では価格が下落に転じる一方、ボストンやシカゴなどでは堅調な伸びを見せるなど、地域ごとのばらつきが鮮明になっている。
経済の先行き不透明感から2008年の金融危機のような市場の暴落を懸念する声もあるが、専門家の間ではその可能性は低いとの見方が支配的だ。理由として、パンデミック以前と比較して住宅在庫が依然として記録的に低い水準にあること、そして現在の住宅所有者の多くが十分な自己資本を持ち、住宅ローンを持たない人の割合も過去最高水準にあることが挙げられる。
結論として、海外不動産投資は、投資先の国の開発状況や政治・経済情勢といったミクロな要因だけでなく、世界経済を牽引する米国で起きている世代交代というマクロなトレンドや、金融政策の動向にも大きく左右される。今後、不動産投資で成功を収めるためには、目先の利回りだけでなく、社会構造の変化を読み解くグローバルな視点が不可欠となるだろう。