今、我々は仮想通貨バブルの真只中に居ます。

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今がバブルだからと言って、それが今日、明日にはじけるとは限りません。

長ければこの状態は5年近く続く可能性があります。

だからいますぐに仮想通貨全体に対してネガティブになるのは良いストラテジーではないと思います。

それを断った上で、バブル時によくありがちな、感心しない行為、危ない状態は、あちこちに姿をあらわしています。

仮想通貨の価値が上昇していることを良い事に、人々はケアレス(不注意)なトレードを平気でやっており、得意の絶頂にあります。

往々にして、こういう局面では、無知で未熟な投資家ほど儲けます。

これは1990年代のドットコム・バブルでも見られた現象ですし、日本の場合、1980年代後半のバブル時代に「新人類」たちが登場し、ファンダメンタルズから完全に遊離したべらぼうな値段を競うように付けたことが思い出されます。

ウォール街の格言に:

Don’t confuse brains with a bull market.


という格言があります。つまり単に相場が良かっただけなのに(自分は天才的トレーダーだ!)と錯覚する人が後を絶たないのです。そういう人ほどバブルがはじけたときすべてを失います。

日本にとって1980年代後半のバブルは痛恨の経験であり、現在ですら後味の悪さを残しています。

だからバブルは決して賛美すべき事ではありません。

しかし、それと同時に「バブルは絶対に起こしてはならない!」とする考えも、たいへん不健康な態度であることを悟るべきでしょう。

なぜならイノベーションは自由、とりわけ「失敗する自由」を切実に必要とするからです。

「人生で一度も失敗していない人は、その人生そのものが失敗だ」という格言があります。なぜなら一度も本気で何かにチャレンジしたことの無いひとだけが、心を傷つけずに済むからです。1990年代以降の日本の停滞、ならびに日本全体の地盤沈下は、そのような「事なかれ主義」の中でヒタヒタと進行したのです。

ビットトレード

新しい事を試そうと思えば、誰かがリスク・キャピタルを供出しなければいけません。

人々が喜んでリスキーなチャレンジにおカネを出す理由はexcess profit opportunity、すなわちリスクに見合ったリターン機会があると判断するからに他なりません。

「これまで通りのやり方」をラジカルに変革し、日常を打破するためのリスク・キャピタルは、どん欲で、獰猛な性質を持っており、しかも大きなムダを伴います。

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そしてそのようなアニマル・スピリットに満ちたマネーは、バイオレントなマーケットに棲むものなのです。

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それは、ちょうど第二次世界大戦屈指の戦車戦、「バルジ大作戦」のように、敵味方が入り乱れて大砲をガンガン撃ちまくるような具合です。

投資家は、なぜ日頃の慎重な投資態度をかなぐり捨てて、そのような自暴自棄なバトルに参戦するのでしょうか?

それは、ひとつにはロー・リスクで、自分の投資目的にふさわしいような投資機会が、カネ余りで、どんどん探し尽くされてしまい、「運用難」の状況が起きるからです。

そうした手頃な投資機会の払底が、ラジカルなアントレプレナー精神と、獰猛な利潤機会追求の必要を生むのです。

そしてそれらが合体したとき、マーケットはFRENZYと呼ばれる、ピラニアがウヨウヨしている河に傷ついた小動物を放り込むような、凄惨な光景が展開するというわけです。

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(出典:Technological Revolutions and Financial Capital, Carlota Perez)

そこではシュンペーターの言うcreative destruction(創造的破壊)が次々に起こり、新しいパラダイムが起きます。

この新しいテクノ=エコノミック・パラダイムは、社会そのものを大きく変革します。

ある国の産業の競争力というものは、国が緻密に計画して演出し切れるものではなく、ビッグバンのような大爆発のカオスの中から誕生するものです。

そしてそのような新しいパラダイムには「負け組」がつきものです。

一例としてアークライトが水紡機を発明したとき、インドの紡績業は大打撃を受けました。またリバプール=マンチェスター間に鉄道が敷かれたとき、馬車は駆逐され、宿屋が打撃を受けました。

このように、新旧のビジネスが角を突き合わせ、死闘を繰り広げるのです。

企業の中でも、旧いタイプの企業と、新しい経営形態や雇用形態を具備した企業の分岐が起こります。

そしてそれは人々の生活態度や習慣にすら影響を与えるのです。

一例として、僕が1996年にニューヨークからドットコム・ブームが始まったばかりのサンフランシスコに移った時、それまで着ていたヒッキー・フリーマンのピンストライプの背広を脱ぎ棄て、紺のスポーツ・コートにチノというカジュアル・スタイルに変えたのは、新しい価値観、シリコンバレーの美意識にとけこむ必要からでした。

サンフランシスコのようなダイナミックな街が栄え、デトロイトのような過去の栄光が忘れられない街は荒廃しました。そしてそのような旧社会は、おうおうにして慢性的なデフレ圧力を受けます

FRENZYの局面では、新しいテクノロジーを支持するため、見境なく資本が投入されます。ドットコム・バブルのときは、その金は光ファイバー網に向かいました。現在なら、さしずめビットコインをマイニングするGPUにそれは向かっているのです。

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ブームの黎明期では、テクノロジーの優劣の比較が議論の中心となります。その次に来るFRENZYの局面では、財テクが勝敗の分かれ目になります。仮想通貨は、いままさに「テクノロジーのステージ」から「ファイナンスのステージ」へと移行しようとしているのです。

マーク・トウェインとチャールズ・ダドリー・ワーナーは「The Gilded Age: A Tale of Today」の中で南北戦争後から1900年までの、「金ぴか時代」を活写しました。これは英国ではビクトリア朝時代、フランスでは「ベルエポック」に相当します。

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そこでは利潤機会を徹底的に追及するどん欲なマネーが、イノベーションを強烈に駆動したのです。

それはマネーゲームに踊る「カジノ社会」でもあります。

我々は、この戦慄すべき近未来を、社会として受け容れる心の準備が整っているでしょうか?


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